この熱き人々

2020年1月23日

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吉永みち子 (よしながみちこ)

1950年、埼玉県生まれ。85年、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。著書に『母と娘の40年戦争』(集英社文庫)、『怖いもの知らずの女たち』(山と溪谷社)、『試練は女のダイヤモンド』(ウェッジ)などがある。

かんだ まつのじょう:1983年、東京都生まれ。大学卒業後、2007年に3代目神田松鯉に入門。12年、二ツ目に昇進。年間600席以上の高座を務め、ラジオ、テレビでも講談の魅力を発信。20年2月11日に真打に昇進、6代目神田伯山を襲名する。
 
 
 
 
 
 
 

 東京都心に近いキャパ600人の区民ホール。神田松之丞の独演会に集まった満員の客は、いかにも講談通に見える人から人気の松之丞を聴きに来たという感じの人までさまざま。年齢層も10代から高齢者まで幅広い。それぞれの真剣さがピーンと張りつめ、張扇(はりおうぎ)の小気味いい音が響くとホール全体が前のめりになったような……小声で私語を交わしたら、シッ! と注意された。

 講談界の救世主、100年に一度の逸材、チケットの取れない講談師。数年前から火がついた松之丞人気、ブームは今や燃え盛っている。一時は東西の講談師の数が24人にまで激減し絶滅危惧職とも言われていたのに、今や1000人のホールも満杯で入門志願者も押し寄せる。まさに現代の奇跡といってもいい状況を生んでいるのである。

 「そういう誇大広告のようなことをメディアは言うけど、本当はどうなんでしょうね。ただ、私以外の先生方がすごいのでそっちを聴いてほしくて、徐々にそうなりつつありますね。大先輩の神田愛山(あいざん)先生が、昔は開場時間になっても誰もいなかったが今は長蛇の列、こんな時代がくるとは思わなかったとおっしゃってくれて。講談界のために頑張ってるよねと思ってもらえたらうれしい。僕はひたすらいろいろな媒体で名刺を配っているスポークスマンみたいなもの。野暮に大きな声出すのがずっといなかったので、その野暮な役を引き受けている」

 強力な突破力で突き進んだ結果、いつの間にかメディアが松之丞を求め、テレビやラジオではレギュラーの冠番組が生まれ、取材の申し込みは引きも切らないが、年間650席もの高座もしっかり務める。

 「確かに疲れてはいますね。今は休みがなくてマックス働くとはこういうことかという日々です。でも踏ん張り時でもありますから。本丸の講談で毎月新しいネタおろしして、古いネタもお客さまに喜んでもらえるように工夫する。少しずつでもうまくなる。同時にせっかく生まれた講談への流れを止めないために、まだまだ名刺も配らなければいけない」

 松之丞の芸には講談を知ってほしいという思いが迫力となってほとばしっているし、もう一度聴いてみたいと思わせる魅力に溢れている。松之丞って面白いらしいという評判が人々を引き付け、テレビやラジオで知った人が好奇心とともに初めて演芸場や独演会に足を運ぶ。難しいと思われてきた講談を面白いと思ってもらえることで講談の入り口は大きく開いたが、何をもって面白いと感じるのか。面白さとはなかなか曲者(くせもの)でもある。

 「多くの人が笑いを求めているんだなあと感じるんですよね。地方に行くと顕著で、硬すぎる3席の独演会は厳しい。でも講談はあくまで気軽な大衆芸能で、その日のお客さまに合った話をすれば必ず喜んでいただけると自負しています。もちろん、すべるときもありますけどね。気軽な大衆芸能というところが少しだけ今までの講談界には浸透していなかったかもしれませんね」

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