この熱き人々

2020年1月23日

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吉永みち子 (よしながみちこ)

1950年、埼玉県生まれ。85年、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。著書に『母と娘の40年戦争』(集英社文庫)、『怖いもの知らずの女たち』(山と溪谷社)、『試練は女のダイヤモンド』(ウェッジ)などがある。

再び、ゼロからの挑戦

 その後の松之丞のロケット弾のような勢いは、講談への愛が、愛ゆえの怒りに転化して火がついた結果の決断に端を発していたということか。

 前座、二ツ目時代を渾身の力で周囲につむじ風を巻き起こしながら突進してきた松之丞は、2月11日に真打に昇進し、神田派の大名跡6代目神田伯山を襲名する。

 「名前を変えるってけっこう重いことで、再びゼロからの出発になる。伯山としてどれだけ講談界に貢献できるか、お客さまをつかめるか。守りに入ったら松之丞にも負けてしまいますから、攻め続けないといけない。一方で、真打になったらもっと稽古の時間を十分とりたいとか、映画を観たり家族と過ごす時間も休息も必要なんじゃないかとも思うけど……」

 語尾が濁ったのは、しばらくは無理と覚悟しているからだろうか。これから当分の間、真打昇進と襲名の披露興行が続く。四方八方から引っ張る力がますます強くなる中で、稀代の講談師・神田伯山は6代目の芸を確立していくことになる。

 松之丞が力を入れているのは、講談の本来の姿ともいわれる長編を何席にも分けて読む連続読みの通し口演。昨年1月には5日連続で「慶安太平記」を読んだ。今後も毎年1月は連続物を恒例にするという。

 
 

 「この期間中はほかの仕事を入れずに講談のことだけを考えられる。朝から十分に稽古して夜の高座に臨むと、すごく幸せなんですよ。ああ、俺って本当はこれをやりたいんだなって気づかされる。大変だし辛いし怖いんですけど、楽しくてしょうがない。カミさんも、この時期のアンタって本当機嫌いいよねって言ってます」

 古典芸能を現代にどう息づかせるのかは難しい課題で、時に器だけを継承して中味を入れ替えてしまうこともあるが、目指すのはあくまで講談の本流である古典講談をいかに現代に面白く蘇らせるか。天賦の才に恵まれ、客観的な分析力も持つ6代目伯山にかかる期待はますます強まりそう。

 「長期的な演芸ですから、60代で見えてくる境地もあるでしょうね」

 幸せな時間を積み重ねて熟成されていくであろう30年後、40年後の6代目神田伯山の芸に出会える若い世代に、ふと嫉妬に近い羨望を覚えた。

松之丞改め6代目神田伯山真打昇進襲名披露興行
新宿末廣亭2月11日(火・祝)~20日(木)、浅草演芸ホール2月21日(金)~29日(土)、 
池袋演芸場3月1日(日)~10日(火)、国立演芸場3月11日(水)~20日(金・祝)
 ※詳細はhttps://www.matsunojo.com/

岡本隆史=写真

  
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◆「ひととき」2020年1月号より

 

 

 

 

 

 
 

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