2022年12月5日(月)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2020年4月20日

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樋泉克夫 (ひずみ・かつお)

愛知県立大学名誉教授

中央大学法学部、香港中文大学新亜研究所、中央大学大学院博士後期課程を経て外務省専門調査員として在タイ日本国大使館勤務。著書に『華僑コネクション』『京劇と中国人』『華僑烈々―大中華圏を動かす覇者たち―』(以上、新潮社刊)など。

[著書]

 一方、中国が現在に至っても依然として対外閉鎖を続け、中国人の移動を厳禁していたとしたら、あるいは新型コロナは武漢一帯を震撼させたとしても、その被害が海外に及ぶことはなかったはずだ。まして対外閉鎖状態で海外メディアによる報道など許されなかったとしたら、あるいは武漢における新型コロナ発生の事実は海外に漏れ伝わることなく、闇から闇へと葬り去られていただろう。

 こう考えると、新型コロナ感染の真犯人探しは他に譲るとして、感染が武漢から世界各地に広まった背景が浮かんで来る。やはり毛沢東(対外閉鎖と国内移動禁止)から鄧小平(対外開放と国内移動解禁)への“国の在り方”の大転換、つまり中国人が移動の自由を手に入れたことが感染拡大を招いたことは間違いないようだ。

習近平政権中枢には既視感があったのではないか

 習近平国家主席は1953年に生まれ、李克強総理は1955年の生まれである。文革初期は共に10代前半であり「毛沢東の好孩子」を目指していたはずだから、髄膜炎事件が耳に入っていた可能性は高い。公式に知らされることはなかったとしても、庶民にとって最強・最速のメディアであった小道消息(まちのうわさ)によって知っただろう。あるいは党と政府の枢要な立場に就いた時点で、詳細を把握した可能性も考えられる。

 新型コロナ感染確認の報告を武漢から受けた時、おそらく習近平政権中枢は一種の既視感を持っただろう。ヒトの自由な移動こそが感染症拡大の最大要因である。厳格な報道管制こそが政権批判封じの便法だ。そこで街を厳格に封鎖し、人々の移動を厳禁し、事態を隠蔽しつつ新型コロナを封じ込めてしまえ――咄嗟に、こう思いついたのではなかったろうか。

 いち早く新型コロナ封じ込めに成功したことを内外にアピールする中国は、各国政府が新型コロナ封じ込めに悪戦苦闘している足元を見透かすように医療援助を積極的に進め始めた。その厚顔無恥ぶりに唖然とさせられるばかりだ。放火犯変じて消防士である。

 とはいえ消防士にも少しばかりの“良心”はあるらしい。中国人のゲテモノ喰いという嗜好が武漢での感染拡大を引き起こした要因であることを、どうやら習近平政権が認めたようだ。

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