2022年12月6日(火)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2020年4月20日

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樋泉克夫 (ひずみ・かつお)

愛知県立大学名誉教授

中央大学法学部、香港中文大学新亜研究所、中央大学大学院博士後期課程を経て外務省専門調査員として在タイ日本国大使館勤務。著書に『華僑コネクション』『京劇と中国人』『華僑烈々―大中華圏を動かす覇者たち―』(以上、新潮社刊)など。

[著書]

 4月10日に北京から伝えられたところでは、国務院農業農村部が豚、牛、鷄、馬など18種類の「伝統畜禽(伝統家畜)」に加え鹿、駱駝、狐、貉など13種の「特殊畜禽(特殊食用禽獣)」を含む31種類の「食用商業リスト」を公表し、5月日までに各界に意見を求めたのだ。遅きに失した感が強いが、中国人のゲテモノ喰いの規制に乗り出そうというのなら、一歩前進である。

 このリストにイヌが入っていない。その理由を、当局は文明の進歩と動物愛護の観点から犬は「伝統畜禽から伴侶動物(ペット)へと特殊化しており、国際的にも一般的に家禽とは見做されていないのでリストに加えてはいない」と説明する。すでに犬は食べるものではなく、ペットとなって人々を癒していると見なしているのだろう。

南部では犬肉はポピュラーな食べ物

 新型コロナの武漢からの感染拡大に伴い、中国各地でもゲテモノ喰いが問題視され、たとえば深圳では5月1日を期して犬・猫を食べることは全面禁止となった。だが早くも犬肉業者は反対の声を上げる。それほどまでに中国、ことに南部では犬肉はポピュラーな食べ物なのだ。

 基本的には広東人の街である香港でも、かつて犬肉食は当たり前だった。筆者は1970年から5年ほど香港に住んだが、犬肉には大いに楽しませてもらったし、思い出も尽きない。

 そぞろ秋風が立ち始めると、街のあちこちに「香肉上市(犬肉あります)」の小さな看板がさり気なく掛けられ、暗がりの奥の方から七輪の上の鍋で煮込まれた犬肉の香りが漂って来る。強い茅台酒と一緒に口にするアツアツの犬肉の味が、香港の冬の寒さを吹き飛ばしてくれたものだ。

 農村地帯である新界の農家には3年ほど下宿したが、その家のお婆さんは市場から子犬を買って来る。お婆さんの食事の食べ残しを餌に丸々と太った子犬は、お婆さんから離れない。可愛い盛りだ。そのうちに子犬は成犬に。すると家の外に出され、番犬となる。やがて秋も近くなると業者がやってくる。番犬の役目を終え、麻袋に押し込まれ目方を計られて売られて行く。業者から手渡された香港ドルを手にしながら、「アイツは大食いの割には目方が軽かった」とかなんとかブツブツ。数日後、市場から戻ったお婆さんの買い物カゴから、子犬が顔を覗かせていた。

 愛玩用から番犬へ、やがて小遣い稼ぎとして食用に売られる。当時では当たり前だった光景も、現在の香港では見られないだろう。

 農業農村部の動きを中国社会の進歩だと評価することもできそうだが、そう判断するのも早すぎるかもしれない。それというのも、農業農村部の現場担当部署の見解として「犬がリスト入りしなかったのは農業関連畜禽管理から除外したことを意味するが、食用、あるいは繁殖とは別の問題だ」と伝えられているからだ。犬肉は食用であり続けるのか。食文化と言えば聞こえはいいが、世界の標準から言っても誉められたものではない。だが、それも「偉大な中華文明」の一環なのだろうか。

 伝統的に、中国では官と民は「上に政策あれば下に対策あり」の関係にある。これに従うなら、農業農村部がどのような政策を打ち出そうが、庶民は何らかの対策を考え出し、政策を骨抜きにしてしまう。やがて、ほとぼりが冷めた頃、ゲテモノ喰いが再開されることも考えられる。

 習近平政権の強権・隠蔽体質が劇的に改善されるなど、金輪際期待できるわけがない。新型コロナ医療援助を口実に外交攻勢をさらに強めるだろう。ヒト・モノ・カネの国境を越えた自由(野放図)な往来を前提とする国際社会のグローバル化の流れに歯止めを掛けることも、中国人の移動を押し止めることも至難だ。中国人の食文化が短期間に変わるとも思えないから、将来的には未知のコロナが世界に向かって漏れ出すことすら大いに考えられる。

 であればこそ、いまや“新型コロナ後”の世界を想定しても決して早すぎることはない。だが、その場合、中国社会が持つ思考の柔軟性と自らを取り巻く環境を自分に都合よく解釈する無限の能力――無原則の大原則――を軽視すべきではないだろう。

  
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