2024年11月22日(金)

WEDGE REPORT

2020年5月18日

トランプ大統領がリスクを冒しても経済のV字回復にこだわる理由

 だが、トランプ大統領には、どんなにリスクが大きかろうが経済を再開してV字回復を演出しなければいけない事情がある。それは自身の再選に黄色信号が出ていることを示すデータが、あらゆるところで出ていることだ。

 このまま行けばどうせ負ける、しかしリスクをとって賭けに勝てば大逆転が転がり込んでくる、それなら賭けに打って出る、という構図だ。どういうことか、大統領選挙事情から説明していこう。

 米国には50州あるが、米大統領選ではごく一部の9つ程度の激戦州の結果で米大統領が決まるといっていい。大票田のカリフォルニア州やニューヨーク州は伝統的に民主党候補の勝利が決まっており、それは余程のことがない限りひっくり返ることはない。トランプ陣営もそれらの州での逆転は考えていない。逆にファームベルトと呼ばれる一帯や南部の保守的な州では民主党候補が勝てるチャンスはほとんどないし(テキサスでの地殻変動は別として)、民主党もそこをひっくり返そうとも思っていない。

 トランプ、バイデンの両陣営が争うのはスイング・ステーツと呼ばれる、大統領選挙の度に揺れ動く激戦州となる。それら激戦州では、自陣営の支持者を固めつつ、無党派層や穏健派の票を少しでも取り込むことを狙う。突き詰めれば大統領選挙とはそうした激戦州をめぐる戦いだ。

 そのため大統領選では、一部の激戦州が選挙人の多く割り当てられている大票田よりも人口が多い主要州よりも、その実態以上に大統領の誕生を左右しているのが実態だ。そのため、おのずと各候補はそれらの一部の州の有権者へのアピールを強めることになる。実際、16年の大統領選挙では中西部のラストベルトと呼ばれるミシガン、ペンシルベニア、ウィスコンシンの3州での結果が最後の勝敗を決定づけた。

 ヒラリー候補はテキサス州での歴史的勝利を狙ってテコ入れしていたこともあり、ミシガン州などの中西部にほとんど入ることがなかったこともあって、これら中西部3州における、わずか8万票の差でトランプは勝利をものにしている(全米の最終結果でも得票数ではヒラリー候補が上回っていたが、州ごとに割り当てられた選挙人の獲得数で上回ったためトランプが勝利している)。

カギを握るラストベルト

ラストベルト地帯(Rainer Lesniewski/gettyimages)

 つまり、激戦州のペンシルベニアやミシガンなどの限られた州の、限られた票がトランプ大統領を誕生させたのである。この観点から極論すれば、大統領選を予測するうえで、全米での候補者の支持率を見る意味はほとんどないことになる。傾向をはかる程度しか全国支持率に意味はなく、むしろ激戦州における候補者の支持率、州が抱える課題、どのような政策を有権者が求めているかを見ていけば、かなりの精度で選挙の予測が可能となる。

 こうした構図を揶揄して、「世界のことなど何も知らない、一部のアメリカの田舎の有権者が世界の王様を決めている」と批判を込めて言う人もいるくらいだ。

 長くなったが、トランプを誕生させた、この中西部が今、コロナの影響をモロに受けて経済が悪化すると共に、トランプに逆風が吹いているのだ。

 深刻なのは、非常事態宣言や外出禁止などによって経済の悪化が進んでいることだ。全米では新規失業保険の申請件数が3月22日の週の1週間だけで664万件と過去最高水準を記録したのを皮切りに、29日の週で660万件、4月5日の週で525万件を記録し、3月21日以降の累計件数は全米で3600万件に達している。

 中西部の3州も例外ではなく3月28日の週で見ると、ペンシルベニア州での申請件数は40万件、ミシガン州では31万件、ウィスコンシン州が10万件にのぼっている。失業の増加は自殺や薬物中毒死の増加につながることが指摘されていて、経済的にも社会的にも深刻な状況であることは間違いない。

 こうした中、トランプ大統領の支持率は低下傾向にある。ミシガン、ウィスコンシン、ペンシルベニアの州別の候補者支持率(Real Clear Politics 4月15日時点)を見ると、トランプ大統領はバイデン候補にペンシルベニア州で3.8ポイント、ミシガンで4.4ポイント、ウィスコンシンで2.7ポイントのリードを許している。

 両者の差はまだ僅差であり、この傾向が続けば2016年同様、数%の差が勝敗を決める僅差の戦いとなることが予想される。僅差の戦いでは各州で1万、あるいは数千の上積みでが勝敗を分けるといっていい。とにかく少しでも浮動票をつかむことが至上命題となる。

 その浮動票の典型がヒスパニック票だ。後述するように大半が民主党支持だが、一部には共和党支持者もある。ヒスパニック票は景気の動向によって揺れ動くのが特徴で、トランプ大統領としては好景気を背景にコアな民主党支持ではないヒスパニック票で上積みを図ることが接戦での勝利の鍵を握る。

 だが、急速な経済の悪化では浮動票のヒスパニック系をすくい上げることは難しくなる。ヒスパニック系が大挙してバイデン候補に流れることになれば、2016年で演じた中西部でのデットヒートを制するパターンは崩れ去ることになる。その意味でトランプ大統領にとって経済の悪化は手痛い打撃だといえる。

 こうした状況を見れば、コア支持層を固めつつ、中西部での僅差で民主党候補を振り切る、そうした16年の勝利の方程式は通用しなくなりつつある政治的状況が浮かび上がってくる。トランプ陣営もそのことは認識していて、対策としてこの中西部3州のうち一つは落とすことを織り込んでおり、その穴埋めとしてミネソタ州やアリゾナ州といった民主党のリードが僅差の州での逆転を狙っている。


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