2024年11月22日(金)

WEDGE REPORT

2020年5月18日

再選を賭けた「究極の自己都合」は世界をも巻き込む

 もちろん経済の回復を目指すこと自体は否定されるものではない。一刻も早く日常生活に戻りたいという気持ちは党派を超えて確実に充満しており、それにどう応えるのかはまさに政治の使命だろう。どんなに感染が深刻であっても、どこかの時点で感染対策とのバランスをとりながら経済の再開を判断しなければならない時期は確実にやってくる。

 だが、問題はそのタイミングだ。感染拡大のペースが一見、落ち着いていたとしても、経済再開や外出緩和のタイミングが早過ぎれば、大規模感染の第二波、第三波を招く恐れがある。専門家の間でも、結局はワクチンや抗体検査が普及するまでは何らかの予防措置を続けなければならない、と指摘する声は根強い。

 たとえばイギリスのインペリアル・カレッジ・ロンドンの研究チームは「厳しい予防措置を3カ月間続けても、解除すると1カ月くらいで感染者数が再び増加に転じる」という報告を3月下旬に出している。死者数を抑えられる究極的な方法は、ワクチンが開発されるまでは結局、厳しい外出制限しかないのが現実だ。

 こうした現実を米国国民も理解していて、早期の経済再開を警戒する声は根強い。5月6日発表のワシントンポスト紙とメリーランド大学による世論調査では、8割近い人が理容室や小売店の再開に反対している。レストランについても74%、映画館にいたっては82%の人が現時点での再開に反対している。

 さらに、トランプ政権も参考にしていると言われるワシントン大学も米国内の死者数が8月までに14万7千人になるとの最新の予測を5月12日に発表している。今後、5月中に30州が経済の一部再開などに踏み切ることで、感染リスクが増大するとして、1ヶ月前の予測から2倍以上に上方修正するなど、安易な外出制限の緩和や経済の再開に警鐘を鳴らす形となっている。

 今後、こうした動きや声にも配慮しながら、どうウイルスから命を守り、そして経済や社会生活を再開させていくか。これは容易に答えが出ない、どの国も悩む難題だ。新型コロナは人の命を奪う一方、ロックダウンは経済を死なせてしまっている。トランプ大統領の政治事情を別としても、大恐慌以来の落ち込みの経済をどこかで手当てしなければならない。

 他方で、中途半端なタイミングでの拙速な再開は逆に感染を拡大させてしまうリスクがある。結局、経済も人命も救う最大の近道は、徹底的なウイルスの除去ということになるのかもしれない。まさに「急がば回れ」である。

 そして、急ぐにせよ、回るにせよ、経済的なコストだけでなく人命もかかっているだけに、この困難な課題に取り組む際は客観的かつ科学的根拠に基づいた謙虚な姿勢で臨むことが求められる。

 もし科学的根拠よりも政治的動機や自分の政治的直感を優先させるようなことがあれば、それは究極の「自己都合」だ。自身の再選のためにアメリカ人の生命をリスクにさらすことになる。

 こうした懸念は杞憂であって欲しいが、残念ながらトランプ大統領本人からは科学的根拠に対する謙虚さはうかがえない。4月10日の記者会見のことだ。記者に「経済の再開判断にあたって専門家の意見は尊重するのか」と問われると、トランプは自分の頭を指差して「最後はここだ」と言った。つまり最後は「世界トップクラスの感染症専門家たち」(トランプ談)の専門的知見ではなく、自分の政治的直感に基づいて決める、と公言しているのだ。

 本来は各州の経済の再開の判断は州知事に権限があるにもかかわらず、「大統領たる私に完全なる権限がある」と言い放ち、集中砲火を受けたことも記憶に新しい。今はこの主張を引っ込めているが、「オレが決める。早く決めたい」。これが偽りのない本音だといえよう。

 だが「究極の自己都合」ともいえる経済再開に突き進んだとしても、拙速な経済の再開が大規模感染の第2波を招く事態となれば、トランプ大統領のねらいは完全に裏目に出ることになるだろう。世界経済におけるアメリカの存在感を考えれば、そのインパクトは世界をも巻き込むことになるかもしれない。

 再選を賭けた「究極の自己都合」ともいえる危険な賭けに打って出たトランプ大統領。ついに感染症対策の司令塔を担ってきたホワイトハウスのコロナ対策チームの解散と、経済再開チームの設置を口にし始めた。アメリカを、そして世界をも巻き込んだ壮大なトランプ劇場は今、幕を開けたばかりだ。

  
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