Washington Files

2020年6月8日

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斎藤 彰 (さいとう・あきら)

ジャーナリスト、元読売新聞アメリカ総局長

1966年早稲田大学卒業。68年米カリフォルニア州立大学バークレー校大学院修士課程修了、70年読売新聞入社。ワシントン常駐特派員を2度務めた後、アメリカ総局長、東京本社取締役調査研究本部長などを歴任。近著に『中国VSアメリカ』『アメリカはカムバックする!』(いずれもウェッジ)がある。

3日、ワシントンDCのペンシルベニア通りにある「トランプインターナショナルホテル」前で抗議デモを行う人々(AP/AFLO)

 トランプ大統領が自ら演出、エスパー国防長官、ミレー統合参謀本部議長、バー司法長官らを引き連れ教会前から国民向けにアピールした暴動鎮圧の“政治ショー”が各方面から予想外の批判を浴び、苦しい立場に追い込まれている。

 問題となったのは去る1日、ミネソタ州ミネアポリスで黒人男性が白人警察官に虐待され死亡したことをきっかけに全米各地で広がった抗議デモ、集会に業を煮やしたトランプ大統領が、「法と秩序の回復」を前面に掲げて自ら演じた威圧的な“政治ショー”だった。

 まず同日夕刻、大統領はホワイトハウス・ローズガーデンで報道陣を前に、それまでの沈黙を破り、「各州の州知事の指揮下にある州兵や警察をもってしても混乱を収拾できなければ、自分が『法と秩序の大統領 law and order president 』として連邦軍を投入し、すみやかに問題を解決する」と居丈高なスピーチを行った。

 これと前後して、ホワイトハウス前のペンシルバニア通に隣接するラファイエット公園では、多くの白人男女を含む1000人規模の市民による平和的な抗議集会が開催中だったが、大統領は突如、「暴動鎮圧」を名目に国防総省に連邦軍部隊の首都配置を命令する一方、国境警備隊、政府直属治安要員、機動隊が現場に投入され、催涙ガス、警音銃を発砲するなどして強制的に群集を追い散らした。広場は、怒声、悲鳴を挙げ逃げ惑う参加者たちで一時大混乱と化した。

 その直後、周囲にものものしい警備線が張られた中で、大統領がエスパー国防長官、ミレー統合参謀本部議長、バー司法長官ら「法と秩序の番人」を象徴する一行を引き連れ、徒歩でホワイトハウスを抜け出し公園一角にある歴史的宗教施設で知られる「聖ヨハネ・エピスコパル教会」の石段に立ち小脇に抱えていた聖書を高々と掲げて見せた。

 ローズガーデンから教会前までのこの異様な“パレード”はTV中継で全米で放映されたが、大統領がこの演出の念頭にあったのは、1968年に黒人公民権運動指導者マーチン・ルーサー・キング牧師暗殺をきっかけに各地で暴動が広がったのを受け、騒乱の続く同年大統領選で「法と秩序」を掲げて当選した元ニクソン大統領の戦法だった。

 しかし、ワシントン・ポスト紙などの報道によると、トランプ氏の場合、今回あまりにも唐突な行動に出た直接のきっかけは、前々日、首都周辺の不穏な動きを警戒し、自らの身の安全確保のために、一時的に家族でホワイトハウス地下の大統領専用退避壕に緊急避難した事実がリークされ、「国民統一、事態態鎮静化の呼びかけもしないまま沈黙し続けていた最高指導者が地下壕に避難」と大きく報道されたことから、名誉挽回策としてとっさに思い付いた措置だったとされる。

 11月大統領選に向けコロナ危機対応などの不手際続きで支持率低迷に悩む大統領としては、ニクソン当選を可能にした「法と秩序」スローガンをこの機会に再び前面に押し出すことで人気回復につなげようとする意図はありありだった。

 ところが、結果はすべてが裏目に出た。

 まず、大統領がキリスト教右派支持層へのアピールを狙い聖書をかざして石段に立ったことについて、同聖公会教会の最高指導者であるマリアン・バッド牧師は、ただちに公営ラジオ放送NPRでのインタビューで「私は事前に何の連絡も受けなかった。TVで見て初めて知った。大統領は聖書を視聴者向けに見せびらかすポーズをとったが、会堂内に入り祈りを捧げることすらせず、政治的フォト・オプ(報道向け撮影)のためだけに教会を利用された。神に対するぼうどく以外の何物でもない」と語気鋭く糾弾した。ニューヨーク、サンフランシシスコなど他の主要都市の聖公会牧師たちも、同様のコメントを発表した。

 しかも同日、ジョー・バイデン民主党候補は郷里のデラウェア州ウイルミントンの黒人教会に足を運び、礼拝堂で1時間近く会衆とともに国民の統一に向けた敬虔な祈りをしていただけに、両候補の真のリーダシップぶりの違いを浮き彫りにさせる結果となった。

 次に政権内でも、エスパー国防長官が、このスキャンダラスなフォト・オプに駆り出されたことについて報道陣の質問を受け「ローズガーデンでの大統領スピーチに立ち会ったが、そのあと通りを隔てた聖ヨハネ・エピスコパル教会まで同行の件は、事前に知らされていなかった」と語り、すべてが大統領の独断で進められた咄嗟の演出であったことを認めるかたちとなった。

 しかし、神の名を借りて治安回復のために連邦軍動員という前代未聞の“政治ショー”の端役を演じらされることは事実であり、全米でも党派を超え依然高い人望を持つジム・マチス元国防長官、マイク・マレン前統合参謀本部議長ら国防総省、軍トップ経験者らが一斉に、「本来中立であるべき米軍が政治的に利用された」としてエスパー長官やミレー統合参謀本部議長の行動を批判した。

 米議会でも野党民主党はもちろん、共和党議員の中からも、今回の大統領らによる市民運動威嚇の示威行動について、異論の声が出始めた。

 リザ・マコウスキー上院議員(アラスカ州)もその一人で、同女史は、マチス元国防長官がトランプ氏の取った今回の行動を手厳しく批判したことを受け、去る5日、特別声明を発表、「大統領を糾弾したマチス元長官の発言は真実をついた実直かつ当然あるべき態度表明であり、むしろ遅すぎたくらいだ」と支持した上で、さらに「11月の大統領選で(トランプ)再選を支持するかどうか、自問している段階だ」とさらに踏み込んだ心境吐露にまで及び、米議会内で大きな話題となった。

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