世界で火花を散らすパブリック・ディプロマシーという戦い

2020年7月29日

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桒原響子 (くわはら・きょうこ)

日本国際問題研究所研究員・未来工学研究所客員研究員・京都大学レジリエンス実践ユニット特任助教

1993年生まれ。2012年米国ウエストバージニア大学において、国際政治学や通訳翻訳等を学び、2017年大阪大学大学院国際公共政策研究科修士課程修了。笹川平和財団安全保障事業グループ研究員、外務省大臣官房戦略的対外発信拠点室外務事務官を経て、現職。専門は、国際公共政策、パブリック・ディプロマシー、ストラテジック・コミュニケーション、メディア研究、世論等。

トランプ政権下の米国を信頼できない世界

 トランプ大統領が強力に押し上げたパック氏の人物像について、簡単に紹介しておきたい。パック氏は、1977年に独立系映画制作会社マニフォールド・プロダクションズを設立し、様々なテーマのドキュメンタリー映画を製作してきた人物で、前述のとおりバノン氏に近い保守派として知られる。

 他方、パック氏は様々な疑惑を抱える人物だ。例えば、パック氏が管理している非営利団体から同氏の映画制作会社に160万ドルを流し込んでいる可能性について、コロンビア特別区の司法長官の調査を受けていると報じられている。パック氏の人事は、こうした異様ともいえる状況下で決まったということになる。

 トランプ政権下の米国というだけで、相手を惹きつける力、つまりソフトパワー自体がむしばまれているのだと、ソフトパワーの概念の提唱者であるジョセフ・ナイ教授は指摘している。

 ピュー・リサーチ・センターの今年1月の報告書によれば、トランプ大統領就任後、米国大統領に対する世界からの信頼度は急落している。33カ国での世論調査で64%が「トランプを信頼していない」と回答しており、特に西欧諸国の反トランプ感情は顕著で、ドイツ、スウェーデン、フランス、スペイン、オランダでは、約80%がトランプ大統領に対し不信感を抱いている。

 さらにこうしたトランプ大統領の国際的な信頼度の低下に加え、対米好感度も低下している。2019年のギャラップの世論調査報告によれば、トランプ政権発足後の米国のリーダーシップを好意的に見る人は、130カ国余りの平均でわずか約30%と低迷しており、オバマ政権時代から20ポイント近く落としている。一国家のイメージや信頼度は、時の政権の実際の政策に大きく影響を受けると考えられる。

信頼を取り戻すための国際報道を

 米国がパブリック・ディプロマシーの歴史の中で重要視してきたVOAによる国際報道が、今日的な意味での「米国の価値観」(民主主義、自由、公正等)を象徴するものであったとすれば、トランプ大統領の介入によって客観的な報道ができなくなれば、国際社会からの対米イメージの悪化にさらに拍車がかかる可能性が高い。

 「世界報道の自由度ランキング」でも、米国は徐々に順位を落としている。国境なき記者団によると、2019年には、米国における報道の自由のレベルが初めて「顕著な問題あり」に降格し、ランキングでも48位に順位を落とした。低評価の要因について、国境なき記者団は、トランプ大統領のツイッター等を通じた相次ぐメディア批判にとどまらず、米国においてジャーナリストに対する敵対的な風潮が増大しているためだと指摘している。

 オバマ前大統領が大統領に就任した2009年には、米国は20位だったが、その後順位が低下し、トランプ政権下でも下げ続け、2020年4月に発表された最新の結果では、米国は45位に低迷している。

 国際報道は、米国のイメージを世界に伝える手段の一つである。つまり、トランプ政権の米国メディアのあり方に対する考え方は、米国の対外的なイメージに直接影響しうるものといえる。国際社会において米国に対する信頼を獲得するためには、米国メディアには、何よりも独立性や客観性を担保し、自国の政府についても、時に批判的な報道を行うことが必要である。このことは、米国が過去の経験から学んできたはずのことでもある。現在の米国に必要なのは、自らの経験を直視し、独立した公正な国際報道を容認する度量であるといえよう。

  
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