世界で火花を散らすパブリック・ディプロマシーという戦い

2020年7月29日

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桒原響子 (くわはら・きょうこ)

日本国際問題研究所研究員・未来工学研究所客員研究員・京都大学レジリエンス実践ユニット特任助教

1993年生まれ。2012年米国ウエストバージニア大学において、国際政治学や通訳翻訳等を学び、2017年大阪大学大学院国際公共政策研究科修士課程修了。笹川平和財団安全保障事業グループ研究員、外務省大臣官房戦略的対外発信拠点室外務事務官を経て、現職。専門は、国際公共政策、パブリック・ディプロマシー、ストラテジック・コミュニケーション、メディア研究、世論等。

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写真:AP/アフロ

 中国が激しく米国等を批判し愛国心を煽る、いわゆる「戦狼外交」を繰り広げ、世界の顰蹙を買っているが、一方、世界での米国の評価も、トランプ大統領就任後に大きく低下してきている。

 そのトランプ大統領が、また1つ、世界における米国の信頼度を大きく損ないかねない行動に出た。それは激しい「ボイス・オブ・アメリカ(VOA)」攻撃である。ホワイトハウスは、今年4月10日のイヴニング・ニュースレターで、「新型コロナパンデミックのさなか、VOAが中国のプロパガンダを宣伝するために国民の税金を使っている」とVOAを名指し批判した。

 そして6月15日、VOAをはじめとする米国の海外向け放送を統括する「米国グローバルメディア局(USAGM)」のトップに、トランプ大統領が強力に推す保守派論客マイケル・パック氏を就任させたのだ。パック氏は、2016年の米国大統領選挙を指揮したスティーブ・バノン前首席戦略官の側近とされる人物だ。

 この人事に伴い、VOAのトップ、アマンダ・ベネット局長とサンディ・スガワラ副局長が揃って辞任した。両氏は、ともに複数の大手新聞社の編集幹部を勤め上げてきたベテラン・ジャーナリストとして評される人物であり、特にベネット氏に関しては、ブルームバーグ・ニュースやウォール・ストリート・ジャーナル等で経験を積み、ピューリッツァー賞の受賞者として国内外で著名なジャーナリストであった。

米国のイメージづくりを牽引してきたVOA

 VOAは、40以上の言語で発信し、週に2億8000万人以上が視聴する米国最大の国際ニュースメディアである。米国政府から資金援助を受けているが、編集権の独立が定められており、客観的かつ独立したニュースの提供を行う「ファイアウォール(防火壁)」としての役割を担ってきた。

 これまで、VOAが米国のイメージづくりの一環として、米国の対外的な広報のために果たしてきた役割は大きい。そのVOAの報道ぶりが気にくわないとして、トランプ大統領が大鉈を振るった。その結果、VOAがこれまで築き上げてきた「客観的かつ独立したニュースの提供」という評価が大きく傷つくのではないかとの懸念の声が、メディアや有識者などから上がっている。

 VOAの歴史を振り返ると、その生い立ちは米国政府のプロパガンダ機関に等しいものであった。1942年、ナチス・ドイツによるプロパガンダに対抗するために、CIAの前身である情報調整局がVOAを立ち上げ、放送を開始した。冷戦期には、国務省から独立して誕生した広報文化交流庁(USIA)の傘下にVOAが置かれ、共産主義体制に対する広報活動を行ってきた。

 また、1972年のウォーターゲート事件では、自国の大統領の不正疑惑の調査の全貌を報じることを優先させようとしたが、米国政府はそれを許さず、最終的にはニクソン大統領(当時)についてネガティブな報道をする際には、併せてポジティブな内容の報道も記載することで対応していたといわれる。

 そうした政権との対立もあったが、1976年、米国議会は、海外からの信頼を獲得するためには、VOAに独立した明確な編集権を持たせなくてはならないとの判断に至り、VOA憲章(米国公法94-350)が成立したのだった。同憲章は、VOAの役割について、VOAは常に信頼でき、権威あるニュース源でなくてはならず、VOAのニュースは正確、客観的、かつ包括的なものであること、VOAは米国全体を代表し、米国の政策を明解かつ効果的に示すと共に、責任ある議論や意見を提供するものと明記している。VOAはこの「政府からの独立性」という強みを活かし、その後、世界各国で米国政府の単なるプロパガンダ機関ではないとの認識を築き上げ、VOAの報道に対する信頼を徐々に勝ち取ってきたのだった。今日、週の視聴者が3億人近いという数字そのものがVOAの評価と影響力の大きさを物語るといえよう。

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