世界で火花を散らすパブリック・ディプロマシーという戦い

2020年6月16日

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桒原響子 (くわはら・きょうこ)

日本国際問題研究所研究員・未来工学研究所客員研究員・京都大学レジリエンス実践ユニット特任助教

1993年生まれ。2012年米国ウエストバージニア大学において、国際政治学や通訳翻訳等を学び、2017年大阪大学大学院国際公共政策研究科修士課程修了。笹川平和財団安全保障事業グループ研究員、外務省大臣官房戦略的対外発信拠点室外務事務官を経て、現職。専門は、国際公共政策、パブリック・ディプロマシー、ストラテジック・コミュニケーション、メディア研究、世論等。

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(写真:新華社/アフロ)
1月
兵馬俑(マスクを着けている)「新型ウイルスが発見された。」
自由の女神「だったら?ただのインフルエンザでしょう。」
兵馬俑がウイルスについて警告しても、自由の女神は、トランプ大統領の記者会見での発言を繰り返し、兵馬俑の「家にいるように」との忠告も「人権侵害だ」と罵る。
3月
自由の女神「お前たちは嘘をついた。データを隠してきた。」
自由の女神は兵馬俑を非難し始め、どうして警告しなかったのだと豪語する。
4月
自由の女神「ウイルスは危険ではない。」
熱で顔面が真っ赤になり点滴を打ちながらも主張を曲げない自由の女神像。
兵馬俑「自分の言っていることがわかっているのか?」
自由の女神「ウイルスは危険ではない。中国で多くの人間が死んでいてもだ。我々は正しい。」
兵馬俑「だから私は米国人のことが好きなんだ。その一貫性が、ね。」

 この兵馬俑と自由の女神のやりとり、中国国営新華社通信の公式YouTubeチャンネル『New China TV』で4月29日に公開したアニメーション動画『Once Upon a Virus』である。スコット・ジョップリンの『The Entertainer』とともに幕が上がり、「レゴ」のように見える兵馬俑と自由の女神の一連のやりとりが繰り広げられるというポップな作りだ。

 新型コロナウイルスの発生源をめぐり米中が猛烈な批判合戦を繰り広げられるなか、米国の不合理さを揶揄するかのような内容の動画を新華社が全世界に発信したのだ。同動画の再生回数は、公開から1カ月足らずで200万回を超えた。

 米中関係が「米中新冷戦」と称されるようになってきたが、とりわけ対米批判を基本命題とした中国の公共外交(英語でパブリック・ディプロマシー)が猛烈な勢いで展開されるようになった。米国トランプ政権が、新型コロナウイルスを「武漢ウイルス」や「中国ウイルス」と呼び、武漢ウイルス研究所がウイルスの発生源であるなどとして対中非難を繰り返すのに対し、中国は大反撃を試み、全面攻勢に打って出ている。すなわち、中国こそがウイルス感染を抑え込むのに成功し、世界を支援し、グローバル・リーダーシップを発揮していると、高圧的、挑発的に喧伝する作戦に出ており、これを中国外交部のスポークスパーソンをはじめ、中国大使館や外交官、そして中国国営メディアの、いわば「オール・チャイナ」で行っている。こうした中国の好戦的な振る舞いはメディアを含め多くの場面で取り上げられるようになってきたが、コロナ危機を迎え、中国のパブリック・ディプロマシーがどのように変容しているのか、その実態に迫ってみよう。

「香港国家安全法」を讃える中国メディアの戦略

5月22日から28日の間開幕された中国人民代表大会(全人代)では、香港民主派の弾圧が目的であると考えられる「香港国家安全法」が採択された。国家分裂や中央政府の転覆に係る過激派の活動やテロ行為を阻止するために必要な法律であると中国は主張しているが、施行されれば、事実上、「一国二制度」が有名無実化することとなるため、世界で大きな批判を浴びた。欧米は直ちに「自由の砦として繁栄してきた香港の自由を脅かす」ことになると非難する共同声明を発表し、中国を猛烈に非難した。

 これに中国側が対抗するための装置として登場したのが、中国国営メディアである。中国共産党機関紙『人民日報』系列の『環球時報』英語版は5月22日の社説で、「中国の最新の発表は、北京に圧力をかけるワシントンの戦術に対する戦略的な軽蔑を示している。米国があえてそのカードを用いて挑発する限り、中国はためらうことなくそのゲームに乗るだろう」と米国を名指し批判しけん制した。

 また、中国中央電視台や新華社通信英語版は、習近平国家主席が全人代開幕演説において、ウイルス感染拡大に際し、「我々は人々の命と健康を何としてでも守りたいと考えている」とし、また、直接「国家安全法」には触れなかったものの、「中国の社会主義民主は、人民の根本的利益を守るための、最も広範で最も真実性と実用性のある民主である。人民民主を堅持し、人民の知恵と力をより一層結束させるべきだ」と主張する様子を相次いで報じた。

 習主席は全人代を通じて自らの権力を誇示しているとみられるが、中国の各メディアはそんな習主席の取り組みや振る舞いを誇らしげに報じ、習主席の欧米に対する批判に同調する形で、対中批判に反論を展開しているようにみえる。さらに中国は、中国政府と異なる海外の見解を中国国内に入れないように情報の制限を強化しており、特に「香港国家安全法」に関する海外メディア等の見方については注視しているとも報じられている。

 このように、昨今の中国メディアは、ナショナリズム色が強く現れた報道をしている。5月23日付のNew York Timesは、中国メディアが香港の高層ビルの前で中国の国旗を振っている人々の写真を次々に掲載するのも、その一環であると報じた。

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