以前はよりしたたかだった中国のパブリック・ディプロマシー
これまでの中国のパブリック・ディプロマシーについて整理しておきたい。中国がこの重要性に着目したのは1989年6月4日の天安門事件が契機であったとされる。デモ参加者が民主化を求め天安門広場に集結し、それを共産党が武力で弾圧、多数の死傷者を出した。世界中のメディアが連日この事件を報じ、対中非難を行なった結果、世界中で中国のマイナスイメージが定着してしまった。これを受け中国は、ソフトパワーを活用するなどし、天安門事件で傷ついた対外イメージの挽回を目指したのである。
21世紀に入ると、中国は目覚ましく成長していく。経済では、GDPで日本を追い抜き、米国に次ぐ世界2位に躍り出た。国際社会においてプレゼンスを拡大させることに成功した中国は、特に米国に対する働きかけが自国の発展と外交政策、そして「一つの中国」原則の徹底に重要だとの認識に立ち、米国世論形成に多大な努力を払ってきた。その戦略はしたたかなものであり、例えば相手国の社会に信用してもらうために中国指導部が前面に出ない形での発信を重視し、多彩なメディア戦略や、中国語や中国文化の普及活動の象徴でもある孔子学院、オペラ公演等、中国の経済力とソフトパワーをてことして、幅広い世論に働きかけ、さらには現地の華人や企業、市民団体等とも連携してきた。
前面に出た中国のプロパガンダ的外交
このように中国政府を前面に出さないことで、プロパガンダであるという認識を相手国の世論に与えないようにし、現地のお茶の間に自然に溶け込ませるなどし、中国の魅力や主張を発信してきた中国であるが、最近なぜこれほどまでにプロパガンダ色を前面に出すようになってしまったのか。
趙立堅報道官をはじめとする中国の外交官による過激な発言や発信は、「戦狼外交(ウルフ・ウォーリアー・ディプロマシー)」などとも称されるが、これは必ずしも目新しい中国の外交手段ではない。コロナ危機以前から、中国は、時に好戦的な外交姿勢を示していた。それと同時に、前出のような中国語や文化の普及といったソフトパワーを駆使した形でのパブリック・ディプロマシーも多用していた。
しかし、ウイルスが世界中に広がったことで、国際社会から、中国自身の初期対応の遅れが原因であり、ウイルスの発生源についても武漢ウイルス研究所が取り沙汰されるようになり、世界の世論づくりに励んできた中国にとってこれまでの外交努力が無駄になるという最悪の事態に直面することになった。
自国の悪化したイメージを払拭させるため、中国に残されたパブリック・ディプロマシーのカードは、外交官による政策広報や国際放送・報道により、欧米批判を繰り返し、中国こそがウイルスを封じ込めたヒーローであると世論に働きかける「戦狼」という戦法であったとも考えられる。
影響力増す中央宣伝部
さらに、中国が発するメッセージのトーンが極端に攻撃的になっているのは、コロナ危機によって中国社会に動揺が広がり、新型コロナウイルス感染拡大が国内政治における自らの立場を大きく悪化させているという習主席の深刻な危機感の反映でもあろう。習主席は、自らの劣勢を、宣伝工作を用いて挽回しようとしているのだ。
中国外交部に関していえば、そもそも中国共産党統治下の中国において、外交部の活動は習主席および中国共産党からの指導や監視を伴うものであり、外交官に自由裁量などない。中国共産党の中央外事工作委員会が外交政策を決定してきたが、そうした外事系統の組織ではなく、宣伝系統の組織である中国共産党中央宣伝部の影響力が増していることを示唆するものでもある。
コロナ危機により、中国国内では経済活動が停滞し経済がダメージを受けたことなどで世論の不満が増大し、習主席は自らの権威の低下に危機感を覚えた。習近平政権はその対応策として、国際社会における自らの権威の高さを国内に示すために、中国の権威を誇示するイメージ戦略を展開すべしと中央宣伝部を通じて号令を出し、その結果として、スポークスパーソンが過激な発言を繰り返し、各外交官がホスト国で攻撃的なメッセージを発信するようになっていると考えられる。
中国外交官のうち、特に新世代の若年層は、従来の外交官より愛国主義的な振る舞いをするようになったといわれている。ホスト国に対し反抗的なメッセージを発信するよう習主席をはじめ中央宣伝部から奨励され、時には自らの過激さを競い合うような形で指導部に忠誠心を示しているとも考えられている。
メディアについても同様のことがいえよう。コロナ危機に加え香港問題も加わり、米国からの対中批判が激しさを増す中、習近平指導部の方針や中国の対応をたたえ、米国を過激に批判する報道を増加させている。中国メディアも、愛国主義的な論調を展開することで、習近平政権に忠節を尽くしているように見受けられる。