品種改良への的外れの論法
たとえば、ある市民団体の事務局長は昨年、ゲノム編集食品を取り上げたNHKの「クローズアップ現代」で、「やっぱり遺伝子をいじるということは非常に危険なことですので、きちんと社会的な議論を作っていくということが非常に重要じゃないかと思っています」と述べました。同じ方が「生活協同組合研究」2020年10月号でもゲノム編集食品の特集に「遺伝子操作は許されない」というタイトルで寄稿し、「遺伝子を人為的に操作、改変するべきでなく、ゲノム編集技術の応用は中止するべきと考える」と書いています。
いやいや。人が遺伝子をいじっていない食品というのは天然魚と天然きのこ、一部の山菜程度でしょう。この論法では、地球上の人々は飢え死にしてしまいますよ。
米や小麦、野菜や果物、肉も卵も牛乳も、人が長い歴史の中で品種改良という名の遺伝子改変をして作り出してきたものです。残念なことに、品種改良の歴史が知られていないために、ゲノム、遺伝子と言われるだけで条件反射的に「いじってはいけない」となるタイプの方々がいるのです。
品種改良は昔から、遺伝子を変えてきた
では、人類はどうやって遺伝子を改変し品種改良、すなわち育種を行ってきたのか?
人は1万年ほど前から、栽培や飼育などの農業を始めました。最初は、自然の放射線や紫外線等を受けてゲノムの遺伝子が突然変異し良い性質を持つようになった生物を選び、作物や家畜として育てていました。この段階では、人類は自然に偶然にできたものを選び、植え継いだり子どもを育てたりするだけなので、品種改良はなかなか進みませんでした。
18世紀に入ると、人が2つの花を近づけて授粉させる「交配育種」がはじまりましたが、本格化したのは19世紀後半。メンデルの法則が1865年に報告されましたが社会には受け入れられず1900年に再発見され、交配育種も急速に進みました。
90年ほど前からは、種子や苗などに強い放射線をかけたり化学物質にさらしたりしてDNAを切り遺伝子を変異させる「突然変異育種」も始まりました。
これらは、人為的な作業により遺伝子を変異させて性質を変える、という点はゲノム編集と同じ。ただし、交配育種、突然変異育種共に、開発段階で「どの遺伝子を変える」というのが選べません。しかも、変異処理を施した時に、目的の遺伝子だけでなくほかの遺伝子も変異させてしまいます。
そのため、多数の個体に変異処理を施し、その中からよい性質の個体を選び出し、さらに交配を重ねるなどして最終的に、「目的の遺伝子は変異しており、ほかの遺伝子は変異していない」という新品種を作り出します。そのため、短くても数年、長い場合には数十年かかってやっと新品種ができる、というのが普通です。また、数多く栽培して選び出す、という工程が続くため、広い農地と莫大な栽培・選抜コストがかかります。