2024年4月25日(木)

食の安全 常識・非常識

2020年12月3日

ゲノム編集は、狙った遺伝子を変異させる

 これに対して、ゲノム編集は目的の遺伝子を一直線に目指してDNAを切り、遺伝子を変異させます。ほかの遺伝子は原則として変えません。そのため、従来法に比べて無駄がありません。うまく進めば1年から1年半で新品種ができあがり、開発コストも著しく下がります。

 安全性の面では現状、「ゲノム編集食品のリスクは従来の育種法による食品と同等」というのが科学者の大勢の意見です。DNAを切って変異させるという点で、従来育種とゲノム編集育種は同じで、できたものの区別もできないからです。

 ゲノム編集の場合、DNAを切るだけでなく、その後に特定の遺伝子等を入れ込む、という発展的な技術があり、そうなるとリスクの大きさも変わってきます。ただし、この発展的な開発は品種改良においてはまだ、実用化には至っていません。

 結局、「遺伝子をいじってはいけない」という主張は医療面では大きな論点とはなっても、品種改良においては意味がありません。

オフターゲット変異も、混同してはならない

 もう一つ、医療と品種改良の混同を避けなければいけないトピックがあります。「オフターゲット変異」の取り扱いです。新聞やテレビ等でゲノム編集が取り上げられる際、オフターゲット変異が必ず、リスクとして取り上げられるので、そろそろおなじみのキーワードとなってきたのでは。

 ゲノム編集はゲノム中の特定の遺伝子のDNAを狙って切って遺伝子を変異させるものですが、ゲノムのターゲットではない違う場所に付きDNAを切ってしまう場合があります。ターゲットではないところ、つまりオフターゲットの場所を切ると、変えようと意図していなかった遺伝子が変異してしまう、という“事故”も起こり得ます。

 医療分野におけるゲノム編集の応用においては、CRISPR/Cas9が体内で狙っていなかった遺伝子を切るような事態になれば大問題です。

 しかし、作物や家畜などの品種改良におけるゲノム編集の使われ方は異なります。詳しい解説は省きますが、ゲノム編集を施した個体がそのまま新品種になることはありません。たくさんの個体にゲノム編集を施した後、選抜や再交配など多段階の工程があります。

 そのため、仮にオフターゲット変異が起きた個体があったとしても、その個体は外見や生育などに異常が生じ、その後の工程で取り除かれてしまう、と考えられています。そうしたものは捨てられて、選び抜かれたものが新しい品種となるのです。

 それに加えて、品種改良においてゲノム編集を行う場合には、その前後でさまざまな検証作業があります。まず、ゲノム編集を行う場合にゲノム全体を調べて、ターゲットではないのにCRISPRが付きそうなよく似た場所があったら、ターゲットそのものを変える、というような作業が行われます。ゲノム編集をした後に、オフターゲット変異が起きていないかどうか、一通り調べることも求められ、もし起きていたら実用化は中止されます。いわば、何重ものセーフティネットがあるのです。

感情に打ち克つ「知の力」が必要

 実は、これまでの品種改良でも、交配したり放射線をかけて突然変異を起こさせたりする過程で、狙っていない遺伝子が変異するというゲノム編集の「オフターゲット変異」と同等のことが起きています。しかし、実用化に至るまでの工程で、こうした人にとって都合の悪い変異は取り除かれています。

 その操作は、種苗企業等に任せられており、だれも「危険だ。国がチェックしなければ」などとは言っていません。なのに、ゲノム編集になると途端に、「危ない」「絶対禁止」などと市民団体が叫んでいるのです。

 新技術だけに賛否両論あってよいのですが、ゲノムとか遺伝子というような言葉に惑わされていないでしょうか? 科学的な事実を無視したままなにもかも一緒くたにして論じるのはまずいでしょう。「遺伝子をいじるなんてとんでもない!」という感情に打ち克つ「知の力」が必要です。

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