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2021年1月2日

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磯山友幸 (いそやま・ともゆき)

経済ジャーナリスト

1962年東京生まれ。1987年早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年3月末で退社、独立。現在、経済政策を中心に政・財・官を幅広く取材、各種メディアに執筆するほか、講演やテレビ出演、勉強会の主宰など幅広く活躍している。オフィシャルHP(http://isoyamatomoyuki.com/)

著書に『2022年、「働き方」はこうなる』(PHPビジネス新書)、『理と情の狭間 大塚家具から考えるコーポレートガバナンス』(日経BP)、『国際会計基準戦争 完結編』(日系BP)、『ブランド王国スイスの秘密』(日経BP)など。共著に『オリンパス症候群 自壊する「日本型」株式会社』(平凡社)、『株主の反乱』(日本経済新聞社)などがある。

早稲田大学政治経済学術院(大学院)非常勤講師、上智大学非常勤講師。ボーイスカウト日本連盟理事。静岡県ふじのくにづくりリーディングアドバイザーも務める。

日経ビジネスオンライン(日経BP)、現代ビジネス(講談社)、フォーサイト(新潮社)、月刊 WEDGE(ウェッジ)、月刊 エルネオス(エルネオス出版)、フジサンケイビジネスアイ(産経新聞社)などに連載コラムなどを持ち、定期執筆している。

【川瀬友和(かわせ・ともかず)】 
1957年生まれ、東京都出身。体育大学を卒業後、水泳のインストラクターをしていたが、趣味だった機械式の時計集めを続け、89年にアンティークウオッチ「ケアーズ」を立ち上げ、93年にお店をオープンする。

 1950年代は腕時計の技術が完成した黄金期。買ったら一生使う。壊れたら修理し、孫子の代まで使う。そういう時代背景の中で作られたモノなのです」

 アンティーク時計を専門に扱う「ケアーズ」を川瀬友和さんが立ち上げたのは、今から30年前。クオーツ(電池式)時計が全盛の頃で、機械式の時計は「時代遅れ」としてかえりみられることがなかった。そんなアンティーク時計にのめり込んだのは、「壊れたら新しいモノに買い替えていけばよいという考えが、どうしても嫌でたまらなかった」からだと振り返る。

きっかけは父親の時計

 東京都江東区森下に本社を置く「ケアーズ」は、六本木の東京ミッドタウンと表参道ヒルズに店舗を持つ。古いものを大切にする文化がある米国やドイツに買い付けに行き、自社の工房で修理・整備して店頭に並べる。

東京都江東区森下にあるケアーズ本店

 1本10万円前後の「入門編」から1000万円を超す名品まで。マニアだけでなく、古いモノに価値を見出す人たちに着実に支持されてきた。

 川瀬さんと時計の出会いは中学生の頃。父親から、永年勤続の記念品だったセイコーの「スポーツマチック」をもらった。裏ぶたを開け、構造を調べ、分解するうちに、機械式時計のメカニズムにハマっていった。ちなみに「スポーツマチック・ファイブ」は1963年に売り出されて世界的な大ヒット商品となり、日本の「セイコー」の名前を一躍世界に知らしめた時計だ。

 体育大学を卒業後、水泳のインストラクターをしていたが、機械式の時計集めに熱中する。時間がずれないクオーツが主流になった当時、町の時計店では手巻きの腕時計が埃をかぶっていた。半ば見捨てられて不良在庫と化した国産時計を、定価の5分の1、数千円で譲ってくれる店も多かった。休みのたびに川瀬さんは時計店を回った。

 そんなある日、日本フリーマーケット協会が、渋谷のNHK前広場で開いた「フリーマーケット」に出会う。米国伝来の新しい風俗に魅せられた川瀬さんは、集めてきた時計を並べる店を出してみることにした。すると思いのほかよく売れるではないか。

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