2024年12月23日(月)

WEDGE REPORT

2021年1月29日

 同時期、不敬罪の検挙数が急増した。タイでは王室批判が禁じられており、その検挙数が、07年に126件、09年には164件と、過去最多であった1977年の36件を大きく上回った。名君と謳われた前国王の治世末期、選挙結果の重視を求める声の高まりと共に、国王を頂点とする「タイ式民主主義」は綻びを見せ始めていたのである。

 この綻びは、2014年クーデターの発生で悪化した。軍政は選挙を先送りにし、民政移管を渋った。民衆の不満は、国王がクーデターを裁可する制度そのものに向かった。加えて、16年に即位した現国王ワチラロンコンのもとで、国王の権限強化に繋がる改革が続いたこと、公財だった王室財産が私財化されたことは、王室に対する若年層の意識変化を誘引した。

 ただし、若者たちは単に現国王個人に抗議しているのではない。強力な不敬罪が存在し、親世代の多くが今も前国王を崇敬する中、家族内対立や身の危険を冒してもタブーに触れたのは「タイ式民主主義」の基盤が王室にあり、社会の抜本的改革を求めるからこそである。

 現在の運動は、特定のリーダーに依存せず、SNSで緩く広く繋がって展開している。SNS上ではスラングが次々に生み出され、これが情報を撹乱しようと当局が送り込んだサクラの見極めに一役買っている。もはや、核になる人物を取り込んだり情報操作によって士気を下げたりという、政権側による従来の懐柔策は意味を成さない。

 SNSの役割が大きいことから、当初は東南アジアの「アラブの春」という声もあった。アラブの春において、君主制を擁する国では国王がうまくこれに対応した。その手法は、国王が政治混乱を収める従来の「タイ式民主主義」にも似ている。

 だからであろうか、タイ国内ではアラブの春との比較言説はほぼ見られない。むしろ、強権的「他者」に支配されることへの拒絶という点から、香港の民主化運動への親近感が強い。しかし、日本を含む国際社会の対応は香港の場合と異なり、内政問題として静観する態度を貫いている。特に欧米諸国から白眼視される現政権は以前から対中関係を強化しており、軽率な介入は中国への傾斜を強めてしまう点も対応を難しくしている。

 このまま運動が激化し続けると、学生やデモ隊との衝突で多くの犠牲を出した10年の際のような流血の事態を招く恐れがある。回避するには、政権や王室が「タイ式民主主義」の根本的改革を認めるしかない。

 タイは後戻りできないところまで来た。今後、王室財産管理局が所有する膨大な土地や株への課税、管理方法の変更などに話が及べば、タイの構造は大きく変わるだろう。経済面で強い紐帯を有する日本にとって無関係の出来事ではない。近い将来、日本も何らかの選択を迫られる日が来るかもしれない。

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◆Wedge2021年2月号より

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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