新型コロナウイルス感染症はあたりまえの日常を揺るがし、時代思潮を変えつつある。欧州知識人を代表するジャック・アタリはいち早く警鐘を鳴らした。
「危機が示したのは、命を守る分野の経済価値の高さだ。健康、食品、衛生、デジタル、物流、クリーンエネルギー、教育、文化、研究などが該当する。これらを合計すると、各国の国内総生産(GDP)の5~6割を占めるが、危機を機に割合を高めるべきだ」(『日本経済新聞』2020年4月9日付)
ダボス会議の生みの親で世界経済フォーラム会長のクラウス・シュワブも「グレート・リセット」の必要を説いている。
「コロナ危機をきっかけに、世界をより持続可能で強靭、包摂的にする『グレート・リセット』が必要です。株主だけでなく社会に配慮した経済を再定義しなければ」(『朝日新聞』20年10月10日付)
ふたりの論者に共通するのは、コロナ危機を「資本主義の危機」と捉える視点である。
新型コロナはグローバル経済を象徴する災厄ともいえる。国境を跨ぐ人の往来は感染を拡大させ、野生動物由来の感染症は自然を侵蝕し続ける経済活動への警鐘とも受け取れる。だが一方で、新型コロナの発生前から、資本主義のあり方を見直す機運が高まっていたことも確かである。
米国の経営者団体ビジネス・ラウンドテーブルは19年に株主資本主義からの転換を宣言、翌年1月にはダボス会議で「ステークホルダー資本主義(株主だけでなく、従業員や顧客、地域などの利害関係者に配慮した経済)」が論じられもした。
市場経済システムを万能とみなす市場原理主義的な思想と行動は、世界金融危機を招いたリーマン・ショック(08年)、深刻さを増す地球温暖化や格差問題に直面して、根本的見直しを迫られていた。そんなとき世界を新型コロナが襲い、時代思潮の転換は決定的となったのである。
資本主義の見直しという方向性は、国連が15年から掲げている「SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)」に集約されるだろう。社会に持続可能性や安定性をもたらす経済システムへの変革が急がれている。
私が伝えたいのは、国連がSDGsを唱えるより50年近くも前に「社会的共通資本(Social Common Capital)」の概念を着想し、持続的な経済発展を可能にする制度の究明に生涯を捧げた日本人が存在した事実だ。1928年(昭和3年)に鳥取県米子市に生まれ、14年(平成26年)に86歳で世を去った、経済学者の宇沢弘文である。