本当の正念場、ネタニヤフ氏
このイスラエルのワクチン外交に激怒しているのがパレスチナ人だ。イスラエルが占領支配するヨルダン川西岸と、ガザ地区のパレスチナ人自治区には約500万人のパレスチナ人が居住しているが、ウイルスのまん延に悩んでいる。人口200万人のガザ地区では5万3000人以上が感染、500人を超える死者が出ている。
だが、イスラエルがパレスチナ自治政府に供給したワクチンは医療関係者に対する5000回分にすぎず、あまりに足りないのは明らか。パレスチナ側がジュネーブ条約を引き合いに出し、イスラエルが占領地住民の健康問題に責任があると主張しているのに対し、イスラエルは住民に責任を持っているのは自治政府だと弁護している。
しかし、ロシアが自治政府に送ったワクチンがイスラエルによって数日間留め置かれるなど、実質的に自治政府の行政はイスラエルのコントロール下にある。パレスチナ人や人権団体はイスラエルが占領地への供給を軽視する一方で、パレスチナとの歴史的な係争地であるエルサレムの帰属問題を政治利用するのは許せないと怒っている。
イスラエルがなりふり構わないワクチン外交を進める背景には3月23日に総選挙を控えるネタニヤフ首相の思惑が反映されている。汚職容疑などで起訴された首相の公判が2月8日に開かれたが、多くの市民が裁判所前で辞任を要求する声を上げた。首相は容疑を否認して早々と退廷したが、今度の選挙で勝たなければ、刑事被告人として政治生命が絶たれかねない。
首相は世界的なワクチン争奪戦で強力な指導力を示したが、争奪戦に絡めて「エルサレムはイスラエルの永遠の首都」という国是に賛同する国を増やそうとするのも、選挙での支持を得ようとする取り組みの一環だろう。首相の強みは後援者である米国と「特別に親しい関係」を持っていたことだが、その相手だったトランプ氏はホワイトハウスから去っていない。
トランプ氏の後任のバイデン大統領はネタニヤフ首相には冷淡だ。両者の会談が大統領就任後1カ月近くたってからやっと実現したことに端的に表れている。これまでと同じような米国の支援を期待できない首相にとって次の総選挙に勝つことは死活的な問題なのだ。
首相は昨年、敵対してきた中道政党「青と白」の指導者ガンツ氏を懐柔し、「首相輪番制」を提案して連立政権を発足させた。だが、連立政権は12月に崩壊、首相の誘いに乗った「青と白」は国民に見放され凋落した。コロナ禍を利用して復活した首相だが、世論調査によると、総選挙で勝利するかどうかは五分五分。選挙まで1カ月を切った首相にとって、これからが本当の正念場だ。
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