2024年11月21日(木)

オトナの教養 週末の一冊

2012年9月28日

社会心理学の知見が生かされなかった

 中谷内教授によれば、震災後起きた一連のことがらのうち、例えば、食品や水道水の安全性をめぐる混乱(リスク認知)、東北産品全般への拒否(行動的意思決定、態度)、被災者の転入や入所を拒む事例(偏見、ステレオタイプ)、避難所のマネジメント(集団、組織)、被災者のストレス対応(心理臨床)、マスメディアや政府の情報発信のつたなさ(コミュニケーション)、専門家や電力会社への不信(信頼、専門家-一般人比較)は、すべて心理学の問題である。

 「心理学にはこれらの問題に対処するための知見がなかったのではなく、問題解決に貢献しようという姿勢を欠いていた」と、中谷内教授は振り返る。

 津波を警戒して高台に逃れる、という行動ひとつとっても、災害時の認知特性や群衆行動といった社会心理学のテーマが関係しており、多くの知見があった。にもかかわらず、東日本大震災では十分に生かされなかった。

 そういった無念の気持ちが、各章の行間からひしひしと伝わってくる。

 さまざまなリスクに直面したとき、場当たり的に大騒ぎし、泥縄式に対処するこれまでのやりかたでは、全体として安全性が高まり、安心感が増すことにはつながらない。

 「問題を相対化して限られた資源(予算、人員、時間など)の中で事前の対処を進め、世の中の無念を減少させたい。そのためには、広義のリスク概念を中心に社会認識の枠組みを設定することが一つのアプローチ法として有効であり、そこには心理学も関わるべき部分が多くある」という意見に、諸手を挙げて賛成する。

社会的合意ができていなかった放射線のリスク

 どのリスクをどこまで下げるべきかに関しては、How safe is safe enough?(「どれだけ安全なら十分に安全なのか?」)という共通認識が社会に醸成されなければならないだろう。

 レギュラトリー・サイエンス(政策判断のための材料を提供する科学)を引っ張り、化学物質のリスク・アセスメントに先鞭をつけた産業技術総合研究所安全科学研究部門研究グループ長の岸本充生氏は、「安全とは何かという問いにいま一度立ち返ろう」と呼びかける。


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