2024年12月22日(日)

ベストセラーで読むアメリカ

2021年3月16日

■今回の1冊■
Working Backwards: Insights, Stories, and Secrets from Inside Amazon
筆者 Colin Bryar、 Bill Carr
出版社 St. Martin's Press

Working Backwards: Insights, Stories, and Secrets from Inside Amazon

 世界のなかで最も成功している会社のひとつであるアマゾン・ドット・コムの社内では日々、どのような会議を開き新しいビジネスを生み出しているのか。会議ではパワーポイントでつくったプレゼン資料の使用は禁止、新サービスの開発に着手する前にまずプレス・リリース(報道向け発表資料)をつくる。アマゾンならではの経営の秘訣を披露する本書は、日本のビジネスパーソンや経営者も必読の書だろう。

 本書の筆者2人はともにアマゾンの元幹部だ。ひとりは、創業者ジェフ・ベゾスの最側近として常にそばにつかえる役目をにない、電子書籍サービスのキンドルや、アマゾン・ウエブ・サービス(AWS)の立ち上げを間近でみてきた。

 もうひとりは、開発部隊のリーダーとしてアマゾン・ミュージックやプライム・ビデオの立ち上げに携わった。アマゾンを株式時価総額で世界1の地位に押し上げた革新的なサービスが生まれる瞬間に立ち会った2人が書いただけに、とても示唆に富む内容にあふれる。説明も具体的で、日本の会社でもアマゾン流を真似ようと思えば、今すぐに始められる。

 一読して最も意外だったのは、アマゾンの会議では、ちゃんとした文章で書いた書類が必須だということだ。パワーポイントをつかった箇条書きの資料によるプレゼンテーションは禁止だという。箇条書きの資料に対して、ちゃんとした文章で構成した説明文のことを narrative と本書では呼んでいる。日本語に訳すのが難しい言葉でもあり、ここでは「論理的な文章でちゃんと説明すること」とでも理解しておきたい。こうした書き言葉の重要性について本書は次のように言っている。

Successful narratives will connect the dots for the reader and thus create a persuasive argument, rather than presenting a disconnected stream of bullet points and graphics that leave the audience to do all the work.

「ちゃんとした書き言葉でうまくまとめた資料だと、点と点がつながり、読み手に対して説得力ある説明ができる。むしろ、箇条書きと図表をつかった説明資料では、個々の項目の関連性が分からなくなり、受け手がみずから考えないといけなくなる」

 ちゃんとした文章で説明資料をつくるには、書き手もよく考え抜いて準備する必要がある。そうした書類を準備するプロセスを踏めば、新しいアイデアにさらに磨きがかかる効果も期待できる。半面、箇条書きと図表で構成するパワポのプレゼン資料は、深く考えなくても誰でも見栄えよくつくれる。場合によっては、資料の見栄えやグラフの綺麗さや、説明する人の手際の良さに目がいってしまい、本質的な議論ができない危険さえあるとアマゾンでは考えている。若手がつくるビジュアルな資料に圧倒されることが多い中年サラリーマンにとって、アマゾンの会議の流儀には少し勇気づけられる。

 アマゾン社内の会議では冒頭で、その日のテーマの説明資料が参加者に配られ、最初の20分間はみな完全な沈黙のなかで資料を読み込む。残り40分で議論を深めるというスタイルが定着している。複雑な内容の文章を読むのに1ページあたり3分かかると見積り、説明資料は必ず6ページにまとめることになっている。この書類のことをアマゾンでは、six-pager と呼ぶ。そして、アマゾンの創業者であるジェフ・ベゾスは、会議資料を読み込む力が並外れているという。

Jeff has an uncanny ability to read a narrative and consistently arrive at insights that no one else did, even though we were all reading the same narrative. After one meeting, I asked him how he was able to do that. He responded with a simple and useful tip that I have not forgotten: he assumes each sentence he reads is wrong until he can prove otherwise. He's challenging the content of the sentence, not the motive of the writer. Jeff, by the way, was usually among the last to finish reading.

「ジェフは説明資料を読解する人並外れた能力があり、誰も思いつかない洞察をいつも示す。会議の他の出席者も同じ資料を読んでいるにもかかわらずだ。ある会議が終わった後に、ジェフ本人にその理由をたずねたことがある。ジェフの返事はシンプルかつ有益なもので、わたしは今でもそのアドバイスを覚えている。ジェフは書いてあるセンテンスのひとつひとつが間違っている前提で資料を読み、書いてあることが正しいと自分で立証できるまで信じないのだ。そのセンテンスの内容を厳しく吟味することに集中し、書き手の意図を斟酌しない。ちなみに、ジェフは会議の出席者のなかで、資料を読み終えるのが一番遅いことがほとんどだった」

 さらに、アマゾンでは、新しいサービスや商品の開発について検討する会議でも、説明資料に独自のルールがある。新サービス・商品の具体的な開発プロセスに入る前に、プレス・リリースと、そのプレス・リリースに対し寄せられるであろう質問とその回答つまり想定問答集をセットで準備する。実際のサービスや商品をつくり始める前に、完成して商業ローンチするときの記者発表資料をまず作成し、その内容を実現するためには何が必要なのかを逆に考えていく。未来から現在に向かって後戻りしながら検討するこのプロセスを、Working Backwards とアマゾンでは呼び、本書のタイトルとなっている。

 未来のプレス・リリースには当然、新しいサービスの良さをユーザーにアピールする点を具体的に書き込む。最初に対外発表する文章を考えるため、自然とユーザーの視点が盛り込まれる。そして、リリースに書いたことを実現するために必要な技術や開発プロセス、価格の問題などを個別具体的に検討し、プレス・リリースを書き直しながら検討会議を繰り返していく。ここでも、見栄えのいい安直なプレゼン術に頼るのではなく、書き言葉による丁寧な説明文を大切にするアマゾンのカルチャーが鮮明だ。意外にアナログな検討プロセスを経て、新たなデジタル・サービスを生み出しているのには驚く。


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