このほど、英国のジョンソン政権は、安全保障、防衛、開発、外交についてBrexit後のいわゆるグローバル・ブリテンのための見直し文書を発表した。‘Global Britain in a competitive age’と題する、100ページを超える文書である。インド太平洋への傾斜を打ち出すなど、日本としても歓迎すべき内容と言える。
これに対し、フィナンシャル・タイムズ紙の3月17日付け社説‘Building ‘Global Britain’ will require hard choices’は、この文書で打ち出されている諸政策が野心的に過ぎて、英国として財政的、軍事能力的に「過剰拡大」になりかねないとの懸念を表明し、特に地理的にはヨーロッパ、なかんずくEUとの協力を重視すべきと論じている。
社説は、「英国の役割を、世界的利害を持つそれなりの規模の欧州の国としてのものとして受け入れることがより現実的であろう。北京からの脅威とは別に、直面する脅威はロシア、イスラム主義者あるいは極右テロ、統制なき移民、イランや北朝鮮によるサイバー攻撃であり、これはヨーロッパの隣国と共有されている。英国がNATOの欧州におけるしっかりした柱であるということが出発点となるべきだ」と言う。また、「英海軍の新しい空母を東アジアに配備する構想は、中国に決意を示し、日本などとの共同演習を通じて同盟を固めるチャンスになりうる」と一応は評価しつつ、「背伸びし過ぎ」を警告する。
確かに、戦略的目標とそれを実現するための能力、動員可能な資源との関係を注意深く吟味することは、戦略を考えるうえで最も基本的な問題である。その観点からは、上記社説が、世界的規模で活動する英国というのは英国の資源、能力との間で「過剰拡大」になりかねず、EUとの協力を重視すべきであるとしているのは、適切な問題提起であるようにも思える。
しかし、現在の世界での最大の問題は、アジアにおける権威主義的中国の台頭とそれがもたらしている米国を中心とする民主主義諸国の脅威認識に基づく対立姿勢が世界情勢の主旋律である。その主たる問題にジョンソン政権は意欲を持って対応しようとしているのであって、これは歓迎される傾向であろう。
フィナンシャル・タイムズ紙の上記社説は、欧州で起きていることとアジアで起きていることを同一平面において論じているきらいがある。テロ、移民、イランと北朝鮮のサイバー攻撃などは戦略的脅威ではないし、欧州でのロシアの脅威とアジアにおける中国の脅威は、台湾情勢一つとっても異なる。中国は力で現状を変更しようとしている。英国がアジアでの問題を重視し、空母を派遣しようとしていることに水をかけることはないだろう。
なお、今回の「見直し」では、英国の保有核弾頭の上限を180から260に増やすとしている。このことを問題視する意見も多い。英国の核軍縮志向の逆転であるという批判であるが、核軍縮については、核は拡散傾向にあり、それは英国の動向に影響されない。なぜこういう変更が必要なのかについは、ミサイル防衛の進展、核兵器維持上の技術問題があるのかと思われるが、英国はもっと丁寧に説明した方が良いのであろう。ただ、あまり重大視すべき問題でもないと考えられる。
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