2022年12月9日(金)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2021年3月30日

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樋泉克夫 (ひずみ・かつお)

愛知県立大学名誉教授

中央大学法学部、香港中文大学新亜研究所、中央大学大学院博士後期課程を経て外務省専門調査員として在タイ日本国大使館勤務。著書に『華僑コネクション』『京劇と中国人』『華僑烈々―大中華圏を動かす覇者たち―』(以上、新潮社刊)など。

[著書]

建党50周年に上げた「偉大なる領袖毛主席万歳、万歳、万々歳」

 建党50周年から100周年へ。この間の半世紀の中国の変化を振り返りながら毛沢東が掲げた「中国の夢」を考えると、それが潰えてしまった大きな要因に1972年のニクソン訪中をキッカケとする米中接近があったように思える。

 ニクソン訪中によって、毛沢東政治を支えた「竹のカーテン」の綻びが内外に明らかとなってしまった。「自力更生」は技術的立ち遅れを助長し、「為人民服務」の行き着いた先は貧乏の超大国――さながら巨大な北朝鮮――でしかなかった。毛沢東が目指した「中国の夢」は、結果として白日夢に終わってしまったのではなかったか。

 毛沢東に代って登場した鄧小平は、毛沢東政治に疲れ果てた国民に向かって、「社会主義市場経済」という新たな「中国の夢」を提示した。対外開放初期に唱えられた「先富論」を受けて、誰もが「ネズミを捕る好いネコ」を目指した。

 鄧小平路線を受け継いだ江沢民が指し示した「中国の夢」は「走出去」、つまり海外に打って出ることだった。次いで登場した胡錦濤は「和諧社会の実現」の建設に「中国の夢」を託した。好意的に考えるなら、「足るを知ること」を国民に秘かに求めたのではなかったか。

 いま習近平政権が掲げる「中国の夢」は、毛沢東版「中国の夢」の新バージョンのように思えてしかたがない。毛沢東版の結末を振り返るなら、「中国の夢」を再考する時期に立ち至っているように思える。

 建党50周年に上げた「偉大なる領袖毛主席万歳、万歳、万々歳」の行き着いた先を、建党100周年に際して改めて思い起こしてみるべきではなかろうか。

  
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