小学生の読書は
習慣化されてきた
「不読率」が改善されたのは、文部科学省による読書活動推進の施策や学校関係者の努力によるところが大きい。学校図書館の蔵書の整備、各学校での朝読書の推進、学校司書の配置等、読書活動に関わる条件整備が進んでいる。
読解力とは、教科書に書かれている作品の読み取りや登場人物の心情を慮る力と捉えがちだ。しかし、PISAの読解力は「情報を探し出す」「理解する」「評価し、熟考する」項目を調査する。しかも、これをパソコン上の画面で回答する。つまり、我が国のこれまでの伝統的な「読解力」の考え方とは大きく異なるのである。
PISAの調査が公表されるたび、メディアなどを中心に不安視する向きもあるが、順位が下がったとはいえ、日本は世界に冠たる学力があると言える。したがって調査結果は多面的に見るべきである。
18年調査で回答した15歳の子どもは、09年に小学校に入学した。小学校低学年時代は、筆者が小学校長を務めた時期と重なる。
上り新幹線が東京駅に到着する寸前、進行方向右手に3階建ての小学校の校舎屋上がチラリと顔を出す。銀座にある泰明小学校だ。私が校長を務めていた時代、本好きの子どもが多かった。学校も家庭も読書を奨励した。本を片手に登校する子どもも多かった。文科省の全国学力調査では特に国語の応用力を問う問題(B問題)の成績がよかった。進学教室の試験で全国1位の成績の子どももいた。私の校長時代の小学生は、成人になった。過日その祝いの集いがあった。かなりの子どもたちが、いわゆる有名大学に進学していた。
読解力の育成には、家庭の環境要因も大きい。例えば、国語のB問題における正答率の高い「A層」は、正答率の低い「D層」に比べて、家庭での「絵本の読み聞かせ」で16.2ポイント、「本の感想を話し合う」で17.9ポイント、その実施している割合が高い(下図)。小学校時代からのこうした家庭の文化的環境の差が、後年にも影響を及ぼす。
昔話から言葉と触れ合う
子どもの読解力育成のコツ
今回のPISA調査で読解力が低下した原因の1つが、学力の下位層が増加したことにある。我が国の子どもたちの読解力向上には、下位層の子どもはもちろんのこと、多くの子どもへの支援が欠かせない。しかし、「家庭での読み聞かせ」1つとっても、すべての保護者にそれを励行するように求めるのは至難の業だ。
だが、かつて日本には藩校があり、論語などの素読を行わせていた。有名な福島県・会津の日新館では、什(じゅう)の掟として「ならぬことはならぬものです」などということを幼い頃から教えていた。子どもの頃は意味が分からなくてもいい。そうした人生訓や倫理などに触れることはその後の人生の肥やしになる。また昔話を読み聞かせることで、豊かな言語との触れ合いも増やすことができる。こうした重要性を理解することがまず必要だ。
中学校・高校での学力は、膨大になった教科書の内容を「早く確実に読み取る」能力が大きく左右する。貧困など家庭での課題を抱えている子どもはもちろんのこと、多くの子どもの、読解力を育てたい。
エストニアの子どもの
読解力が伸びる理由
OECDは、00年から18年の長期トレンドで見ると日本の読解力は「平坦」タイプとしている。つまり、約20年間で統計的に有意な変化は見られないという分析である。ちなみに「下降」はオーストラリア、フィンランドなど。「上昇」タイプはエストニアである。
ロシアとの地政学的な緊張関係にあり、サイバーテロへの備えが強固なバルト海の小国エストニア。子どもの読解力の伸びも著しい。「国家を自分たちで守る」との強い意志が子どもの読解力向上にも表出している。
古今東西、自国を守る気概のない国家は、没落する運命にある。日本がそうならないことを願いたい。現代は情報過多でありながら、先行き不透明の時代である。情報を取り出し、吟味し、判断する力が身につかないと、「正しい知識」は身につかず、表層的な事象で感情的な判断をしてしまうことに繋がる。
それにメディアが追随し、安易な大衆迎合路線がはびこると、先の大戦のドイツや日本の二の舞になる可能性すらある。今後世界における日本の立ち位置はより複雑に、難しいものになっていく。国を担う子どもたちのためにも、多くの語彙に触れさせるべきだ。
情報の収集や理解、評価、熟考というPISA型読解力の育成は大きな課題である。母国日本語の理解と読解力育成は、私たち大人に課せられた重要な使命であると考える。学校に加えて、家庭や社会全体で醸成していかなければならない。
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