「まさに綱渡りの状態だった」。首都圏の電力供給を担う東京電力パワーグリッド(PG)の田山幸彦・系統運用部長は2020年末から21年1月にかけて発生した電力需給の逼迫についてこう語る。
1月19日に行われた経済産業省の第29回電力・ガス基本政策小委員会で公開されている資料では、エリアごとに当該期間の電力供給予備率(予備率)の推移が記されている。予備率は最大電力需要に対し、どのくらい供給力に余裕があるかを示すものだ。当日朝の断面でみた予備率の見通しは1月8日に北海道・東北・北陸エリアでそれぞれ1%、関西・四国エリアでは2%。つまり、「いつ停電が起きてもおかしくない状況」(日本エネルギー経済研究所・小笠原潤一研究理事)だった。
全国の需給調整役を担う電力広域的運営推進機関(広域機関)が発足した15年からの5年間で、電力の融通指示を出したのは計45回。これに対し今回は、12月14日からの約1カ月間で延べ218回にも及んだ。融通指示は、通常、エリアごとに調整されている電力需給が逼迫した際に当該エリアからの要請を受けて広域機関が出すものだ。
それでも結局、経産省からの節電要請はなかった。その理由を、梶山弘志経産相は1月12日の記者会見で「今の時点では、効率的な電気の利用をしていただければ、どうにか対応できる状況にある」と説明した。
こうした危機における認識の〝ズレ〟は東京電力PG内にもあった。「本当に他企業の自家発電(自家発)の電力を融通してもらわなければならない状態なのか、という空気が他の部門にはあった」と田山部長は振り返る。
自家発とは、主に鉄鋼メーカーや化学メーカーなど、電気を消費する企業が自ら備えている発電装置のことで、電力を販売するためではなく、工場など自企業での消費が主な目的だ。
東京電力PGでは、経営幹部から現場責任者まで一堂に会して対応を協議する「需給対策部会」を1月2日に招集し、自家発企業に融通要請することを決定した。同社は1日平均で約600万㌔ワットの融通を受け、危機的状況を脱した。
こうした緊急対応に追われたのは同社だけではない。
関西電力送配電は、本来は台風などの災害時に使用する高圧発電機車を〝少しでも〟供給力を増やすために計31台活用した。需給の逼迫が原因で稼働させたのは、今回が初めてという。関西電力が所有する大飯原子力発電所4号機(福井県)の出力が118万㌔ワットであるのに対し、高圧発電機車31台の合計出力はわずか1万5400㌔ワット。〝少しでも〟との表現に切実さが窺える。
発電事業者も発電設備のフル稼働を実施した。関西電力は「LNG(液化天然ガス)の貯液量が減少する中で、ガス事業で使用予定だったLNGから余力を捻出するなど、運用面で工夫を凝らした」という。
結果的に、電力需給の逼迫による最悪の事態〝停電〟は免れた。小誌の取材に応じた電力関係事業者にその理由を問うと、一様にこう口にした。
「電気は国民生活や企業活動の根底にあるもの。なんとしても停電だけは避けなくてはならない」。新型コロナウイルス感染症の拡大により、医療体制の逼迫が叫ばれているが、医療機関の運営を維持するにも電気が必要だ。そうした当時の状況もその思いに拍車をかけたのだろう。