アメリカ資本主義システムはすでに崩落
さらにバイデン大統領は去る5月28日には、第二次大戦以後最大規模となる6兆110億ドル(約660兆円)もの2022会計年度予算案を発表した。歳出規模はコロナ前の予算を3割超も上回るものであり、インフラ投資や社会保障拡充などに重点配分するという。
今回、バイデン政権がこうした社民主義的政策を打ち出し始めた背景として、冷戦終結後、世界経済の主役を演じてきた「市場原理主義」への行き詰まり感があることも見逃せない。
この点について、ノーベル経済学賞受賞者のジョセフ・スティグリッツ・コロンビア大学教授は、一昨年刊行した著書「People, Power and Profits」の中で、「原理主義はすでに死んだ」として次のように断じている:
「アメリカ資本主義システムはすでに崩落してしまっており、立て直すには政府の助けを必要としている。経済的分断と所得格差拡大が政治的対立を引き起こし、政治的対立がさらに経済的分断を加速させるという悪循環を生み出している」
「これまで演じられてきた経済ゲームのルールは明らかに、『持てる者』が『持たざる者』より優位に立つことを前提としたものであり、その結果として、あらゆる業界の大手企業が市場パワーの集中化を進め、経済不均衡を際立たせることになった。彼らは常に、減税と規制緩和を叫び続ける一方、公共教育、労働組合、ソーシャル・セイフティネットを求める運動を後回しにしてきた」
「かつてレーガン大統領は『政府そのものが問題であり、解決にはならないThe Government itself is the problem, not the solution』と主張し有名になったが、それは明らかに間違いだ。事実はその逆であり、環境汚染の悪化から財政不安、経済不均衡に至るまで、すべてではないにしてもほとんどの問題は市場が引き起こしたものに他ならない」
「アメリカの分断を正常な姿に引き戻すには、経済面では基礎研究、公共教育、医療福祉など公共善への大規模投資、過度の利潤集中を軽減するための規制強化などが求められるだけでなく、政治面での分断回避の手段として、有権者の政治参加を促す現行投票制度も堅持すべきである」
さらに、関心が集まり始めているのが、労働組合運動復活の動きだ。中でも、世界IT業界の頂点に立つ「MAGA」のうち、Google、Amazon両社をめぐる最近の話題は、全米の大手メディアでも大きく報道された。
まず、Googleの親会社であるAlphabetでは去る1月、ソフトウェア・エンジニアなどの従業員約800人が会社創設以来初の労組となる「Alphabet Workers Union(AWU)」の結成を発表した。全従業員26万人の中ではまだ豆粒ほどの存在でしかないが、「優勝劣敗」の激烈な競争で知られるIT業界だけに、今後、他の多くのIT企業で働く従業員たちへの影響が注目される。
続いて2月には、Amazon社のアラバマ州ベスマー支社(全従業員約6000人)において、一部従業員たちが「労組結成」に向けた決起集会を開き、全従業員を対象とした賛否投票の実施に動いた。
もし、労組が誕生した場合、全米各所に60万人を擁する巨大企業だけに、他の支社への波及を心配する本社経営トップも事態を重視、現地における物量作戦などを通じ、従業員たちに反対票を投じるよう、露骨ともいえる組合結成阻止キャンペーンを展開した。
結局、1カ月をかけて行われた投票最終開票では、「労組結成」賛成738票に対し、反対派の票が1798票と大幅に上回り、組合結成は今回は見送られる結果となった。
ただ、その過程で注目されたのが、これまで伝統的に組合運動を徹底否定してきた共和党陣営の中で、大統領候補の呼び声高い実力者のマルコ・ルビオ上院議員(テキサス州)が、「従業員の最低賃金、職場環境改善のために組合組織も正当な手段だ」として、Amazon社の組合結成グループへの支援を表明したことだった。
今後、実際にアメリカ経済全体がイデオロギーとしての「社民主義」に移行するかどうかは、予断を許さない。だが、従来型の社会福祉に背を向けた、あこぎな市場原理主義が大きな曲がり角に直面していることだけは確かだろう。
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