2022年6月30日(木)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2021年6月1日

»著者プロフィール
閉じる

樋泉克夫 (ひずみ・かつお)

愛知県立大学名誉教授

中央大学法学部、香港中文大学新亜研究所、中央大学大学院博士後期課程を経て外務省専門調査員として在タイ日本国大使館勤務。著書に『華僑コネクション』『京劇と中国人』『華僑烈々―大中華圏を動かす覇者たち―』(以上、新潮社刊)など。

[著書]

躓きのキッカケ

 一般には馬雲の企業家としての躓きのキッカケは、昨秋の失踪直前に行った「時代錯誤の規則が中国の技術革新を窒息死に追い込む」との“正論”だったろう。この発言を自ら政策への「ノー」と受け取ったからこそ、習近平政権は馬雲に対し断固たる処断を下したに違いない。

  たしかに馬雲の発言は、同政権が建党100周年(2021年)と並んで「2つの100周年」の重要な柱と掲げる建国100周年(2049年)を目指して打ち上げた超野心的世界戦略「中国製造2025」に、真っ向から異を唱えてはいる。そこで習近平政権が馬雲を自らの目玉政策である「製造強国」への敵対者と見なした。敵対する者は容赦しない。それこそが一強体制の鉄則である。

 馬雲が「今後は全身全霊を教育事業に捧げる」と語ったその日、これまで動静が外部に漏れ伝わることが少なかった泰山会が突如として解散を明らかにした。

 泰山会を遡れば中国のIT産業創業期をリードした「4人組」――「中国のシリコンバレー」として発足した北京中関村の初期のリーダーの陳春先、科海公司創業者の陳慶振、四通集団董事長の段永基、それに京海集団董事長の王洪徳――に行き着く。

 彼らこそ鄧小平の剛腕が導いた対外開放をキッカケに、最先端情報技術を中国に持ち込み、アカデミズムとビジネスの融合を目指した野心的な起業家だった。いわば鄧小平が打ち上げた開放路線の申し子であり、「先富論」の象徴であり、同時に現在の情報管理強国の生みの親でもあったわけだ。

 解散時に明らかになった泰山会のメンバーは、聯想集団の柳伝志、四通集団の段永基、万通集団の馮侖、泛海集団の盧志強、復星集団の郭広昌、遠大空調の張躍、信遠控股の林栄強、巨人互動集団の史玉柱、百度の李彦宏と段永平、中関村科海集団の陳慶振、江西科瑞集団の鄭躍文、河南横店集団の徐文栄、和光商務の呉力、華誼兄弟の王中軍――中国のITビジネスをリードする16人の野心的な企業経営者であった。

 もちろん馬雲も一時期はメンバーだったが、やはり注目すべきは柳伝志、郭広昌、史玉柱などが湖畔大学創立の中核だったことだろう。

 これだけの陣容に馬雲まで加わり同一歩調を取ったとしたら、IT業界の垣根を軽く飛び越え経済・産業界のみならず、中国社会全体に大きな影響を与えるであろうことは容易に考えられる。加えて彼らの動き如何では先端技術部門における米中関係に大きな影響を与えるばかりか、「製造強国」路線の行方を左右する可能性も否定できないはずだ。

 なぜ泰山会は突然の解散に踏み切ったのか。やはりキッカケは、馬雲の発した「時代錯誤の規則が中国の技術革新を窒息死に追い込む」との真っ当な考えだったに違いない。

関連記事

新着記事

»もっと見る