2022年7月1日(金)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2021年6月1日

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樋泉克夫 (ひずみ・かつお)

愛知県立大学名誉教授

中央大学法学部、香港中文大学新亜研究所、中央大学大学院博士後期課程を経て外務省専門調査員として在タイ日本国大使館勤務。著書に『華僑コネクション』『京劇と中国人』『華僑烈々―大中華圏を動かす覇者たち―』(以上、新潮社刊)など。

[著書]

歴史は繰り返される

 ここで思い出されるのが、毛沢東が敵と見なした者に対する容赦のない仕打ちである。

 たとえば建国当初、「人を増やすことは生産力の増加につながる。だから産めよ増やせよ」と固く信じていた毛沢東の人口政策に対し、真っ向から異を唱えた中国最初の近代的人口論学者の馬寅初である。彼は毛沢東の逆鱗に触れたことで北京大学学長の座を追われ、一生を不遇のうちに終えざるをえなかった。

 1958年に毛沢東が社会主義による国造りを目指して猛進した大躍進政策を現実無視と批判した彭徳懐は、毛沢東によって「党の乗っ取りをたくらむ右翼日和見反党集の頭目」と罵倒され、国防部長を解任され、寂しく屈辱に充ちた余生を強いられている。

 国家と国民に多大の犠牲を強いた大躍進政策の尻拭いを成功させ経済回復・社会安定を果たしたことで国民的支持を集めた劉少奇は、毛沢東から「資本主義復活を狙う中国のフルシチョフ」と断罪され、文化大革命の標的となり、惨死に近い状態で人生を絶たれた。

 彼らは最高権力者の考えを真っ向から否定したことから悲劇に見舞われたのだ。馬雲に対する一連の処遇から、泰山会メンバーの頭の中を最高権力者の逆鱗に触れた馬寅初、彭徳懐、劉少奇などの悲劇が過ったとしても決して不思議ではない。

 泰山会解散以降、有力企業家が雪崩を打ったように習近平政権に対し“恭順”、あるいは“招安”に近い姿勢を見せるようになった。敢えて習近平政権の与しようというのだ。企業防衛を考えるなら当然の、あるいは止むを得ない選択だろう。

 3月初旬開催の双会(全国人民代表大会=全人代/全国政協商会議=全国政協)を前に、たとえば全人代代表の楊元慶(聯想集団董事長)は「老人向けのデジタル技術開発」を提言している。同じ全人代代表の張近東(蘇寧集団董事長)は「労働者を経営者に」と呼び掛け、「新型コロナ禍に苦しむ3000万農民工のために農村における家電販売ビジネスモデル」を提案した。全国規模の家電量販チェーンの蘇寧集団の財政基盤は最近の公的資金注入によって強化されたと伝えられる。また全国政協委員の李彦宏(百度董事長)は、「AI技術を高め自動運転化と教育の質的向上」を訴えた。

 3月半ば、アント集団の胡暁明CEO(最高経営責任者)が「今後は公益事業に従事する」ことを理由に、CEO辞任を表明した。彼は、昨年11月に不許可となったアント集団によるIPOの推進役を務めていた。

 同時期、2008年に不正取引で逮捕・収監されていた黄国裕が2月に正式釈放されていたことが報じられている。黄は家電量販チェーンの国美集団で全国制覇を目指し、かつては中国トップの資産家として超有名人でもあった。塀の外に戻ることが許された彼は「企業活動における愛国、愛党の意義を十分に理解した」と語ったと伝えられる。

 4月15日、中国IT大手20社は規制当局の「指導」を受け入れ、独占禁止法順守を表明している。「支配的地位の濫用」を根拠に、アリババが182億元強(約3000億円)の罰金を科されたことが背景にあったことは想像に難くない。

 習近平政権の厳しい対応の背景に、企業家の振る舞いが同政権が求める〈政治のワク〉を逸脱しがちであることに対する強い不快感であり警戒感が強く感じられる。だから一強体制が強固に築かれるに従って、企業家に以前のような奔放な振る舞いは許されず、企業活動への締め付けは一層強まる。よくよく考えれば彼ら企業家は、鄧小平の開放路線が産み出した「先富論」の申し子ではなかったか。

 政権3期目を目前に一層バージョンアップされた習近平一強体制にあっては「先富論」は“好ましからざる過去の遺物”であり、それを唱えた鄧小平は“過去の人”と化す時が迫っているようにも思える。

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