三度目の緊急事態宣言が発せられた4月下旬。東京・新宿のデパートはシャッターを下ろしていた。そんな最中にスーツ販売の新店舗をオープンさせたオアシススタイルウェア(東京都港区)。靖国通り沿いにブランド名である「WWS(Work Wear Suit)」というロゴがひと際目立っていた。こんな時期に新店オープンというのは逆風では? と、代表取締役の中村有沙さんに尋ねると意外な答えが返ってきた。
「2020年度の売上は前年度比400%アップで9.3億円を達成した。毎日洗うことができるスーツというコンセプトがコロナ禍で、これまで以上に支持されたのだと思う」
コロナ禍で加速する
〝スーツ離れ〟
在宅勤務をする人が増える中でなぜスーツの売上を増やすことができたのだろうか。実はWWS、水道工事を本業としたオアシスソリューション(東京都豊島区)が、アパレル業界に新規参入して生み出したスーツなのだ。
東京大学経済学部出身の中村さんは、「もともとベンチャー志望だった」と、両親の反対を押し切って、オアシスソリューションに入社した。営業部を4年、人事部で3年を過ごしたあるとき、社長の関谷有三さんから創業10周年記念プロジェクトのアイデアを出してほしいという要望が全社員に出された。中村さんは、「スーツみたいなスタイリッシュな作業着を作ることができないか?」と提案した。
というのも、水道工事業界では技術職を採用しようとすると、50歳以上の応募が多く、若手からの応募が少なかった。若い人に興味を持ってもらいたいという気持ちからの提案だった。
「スーツと作業着の境目をなくせば職業観を変えられるかもしれない」という関谷社長の決断でプロジェクトはスタートした。着心地が良く、ストレッチ性があって、撥水性もあり、さらには毎日洗える。既存品ではそんな生地はなかったため、新しい生地をメーカーと共同で制作することにした。プロジェクト開始から丸2年、スーツに見える作業着が完成した。まずは社員が着用していたが、思わぬところから「うちでも使わせてほしい」という依頼が舞い込んできた。水道工事のクライアントである三菱地所から、自社の物件管理者用のユニホームにしたいというものだった。これによって事業化が決定、オアシススタイルウェアという新会社が設立され、中村さんが代表取締役に抜擢された。17年12月のことだ。
「物流ドライバー、内装業者、冠婚葬祭、結婚式場のカメラマンなど、言われてみれば、という業界の方々に購入していただけた」と、中村さん。
スーツを着たいけれども、仕事の最中に動きやすいスーツがなかった。そんな思いを持った人を中心に爆発的に売れた。まさに潜在需要を掘り起こして成功したのがWWSだといえる。
「量」から転換
顧客ニーズに寄り添う
「クールビズ」がスタートした05年以降、スーツ離れが始まった。ファッション流通ストラテジストの小島健輔さんは、「スーツ全体の販売量は減り続けている。ピークは1992年の1350万着。ここから2018年に510万着、コロナの影響で、20年は350万着まで減ったのではないか」と指摘する。
紳士服大手・青山商事の最終損益は創業以来最大となる388億円の赤字(21年3月期)となった。スーツの販売数も204万着(19年3月期)から、118万着(21年3月期)と激減。このような状況のなかで、洋服の青山を中心とした160店舗の閉鎖を進めている。「スーツを着る回数が減るなかで、不採算店舗の閉店に加え、オーバーストア状態を解消するための統合」(長谷部道丈広報部長)だという。
ただし、単純にボリュームを減らすということではない。拡大する動きもある。店舗で採寸してネットでオーダーする「デジラボ」というOMO(オンラインとオフラインの融合)型の店舗を洋服の青山において、60店から新たに100店で導入する。そうすると各店舗で在庫を持つ必要がなくなり、売場を有効活用することができる。そこで行うのが「オーダーの拡大」だ。足元では9%程度のオーダー比率を将来的には50%にまで高める。実際、既製服に対して、単価は1.8倍ほど高いというが、「パターンオーダーによって、既製服以上に選べる〝楽しさ〟を提供することができる。単価はお客様の〝満足感〟に比例する」(同)。逆風の中で「量から質(=顧客ニーズに寄り添う)」へのシフトを進めている。