投票率をめぐるハードル(1):平日投票
アメリカの投票率は必ずしも高くない。1960年代以降は大統領選挙の投票率は50%前後が普通で、2008年のオバマ・フィーバーでも60%に届かなかった。しかし、この投票率を日本や諸外国と安易に比べることは必ずしも正しくない。
まずアメリカでは、1970年以降の日本のように日曜日に投票が行われているわけではない。平日投票なのだ。「11月の第1月曜日の次の火曜日」となっている。日曜日に教会に行ってから1日がかりで投票に行くという昔の伝統の名残だが、たしかに現代では時代錯誤だ。
いずれにせよ、勤労者は早朝か帰宅前に投票に行く。休日のほうが、投票率が上がる層と、平日に仕事の行き帰りで「ついで」に投票できるほうが、投票率が上がる層があり、民主党と共和党の票田と州や地域で微妙に損得に違いがあるが、期日前投票も多いので、平日投票のハードルは相当程度クリアされてきてはいる。アメリカで期日前投票が重要なのはそのためだ。アイオワ州など予備選過程で行われる「党員集会」は、夜2時間ほど、決まった時間に参加できなければ権利を行使できないので、かなり理不尽な度合いが高い。夜勤シフトなど当日投票所に足を運べない人の問題が常に問題視されてきた。
その意味でも、本選の期日前投票は理にかなっている。むしろGOTVウィークエンドの動員の勢いで、教会帰りにそのまま集団で期日前投票に行ってもらうなど、アフリカ系コミュニティなどには期日前投票が向いていたりする。週明けの火曜日に暇な人も、今のうちに早めに「仲間意識」で行ってもらうのだ。
投票率をめぐるハードル(2):
有権者登録と二大政党制
また、有権者登録制度による手間ひまもある。日本のように自動的に投票用紙や案内が送られず、自分で選挙ごとに事前登録しないといけない。さらに、二大政党制による選択肢の少なさも間接的に影響している。
ものすごく保守的な有権者は、本選では穏健な共和党候補にお灸を据えるために棄権することもある。その逆もあり、リベラルな有権者が民主党候補に満足せず、当選可能性のないグリーン党の候補者に信念で投票したり、あるいは本選は棄権することもある。
つまりアメリカの投票率は「政治的関心率」とイコールではなく、あまりに政治的に強い信念がある層が、あえて棄権する行為もある。日本のように筆記式の投票ではなく、レバーやタッチパネルなので、投票所で「白票」を入れることがシステム上できないため、「いい候補者がいない」という「怒りの白票」は「自宅待機」つまり棄権なのだ。(新移民は英語が読み書きできない一世も少なくないので、名前を文字で書かせるという投票方式は基本的にない。説明も大都市では多言語サービスがある)。
怒りの不満の矛先と選択肢の問題
無投票の何割が「政治的な怒りの意思表示なのか」、それとも日本で想像されているような、単なる政治的無関心なのかは、表面的な投票率では分からないのだ。無投票が罰金対象ではないので、なおさら候補者に不満のある党派的有権者は、投票を逡巡する。2006年中間選挙で、人工妊娠中絶禁止に協力的ではないという烙印を押されたブッシュ政権に宗教保守が「棄権」でお灸を据えたように、単一争点ボーターが「メッセージ」を送ることもある。