2024年12月11日(水)

Wedge REPORT

2021年7月7日

「皮膚の再生医療」

 東京農工大学の研究室では、世界で行われているシルクの最先端の研究を学ぶ機会に恵まれ、様々な可能性について推考した中で最も重要に思われたのが「皮膚の再生医療」だった。

 その後、鹿児島大学医学部と、シルクを皮膚の再生に使うことができないか、共同研究を行った結果、シルクの効果により皮膚の損傷が通常よりも早い速度で再生することなどがわかった。この研究成果をもとに特許出願し、2018年には特許(※)を取得した。

 ※創傷治癒の促進効果を持つ、加水分解したフィブロイン(繊維状のたんぱく質の一種、蚕の絹糸の主要成分)等を含む軟膏とその製造方法に関する特許

 西さんが社長就任時に立てた3つの戦略は着実に進み成果が生まれている。化粧品事業については、当初百貨店中心に販売を拡大させていたが、販路の多角化や他メーカーへのシルク原料の供給などにより、現状では百貨店催事、通販、OEM等法人向け関連の売上がそれぞれ3分の1ずつといったボリュームになっている。

 原材料となるシルクについては、蚕の餌となる桑の木の植樹からはじめ栽培も順調で繭の生産も拡大。奄美大島の伝統産業復活は着実に進んでいるが、それでも現在使用する原料の10%に過ぎない。ピーク時(1930年)には全国の農家の約4割(約220万戸)が養蚕業に従事していたが、今ではわずか300戸程度しかない。以前に比べ、蚕の飼育・管理方法の技術革新が飛躍的に進んでいるとはいえ、今後は品質の高い国産シルクの確保が課題になる。

 「まずは、弊社でも蚕の生産を増やしていくことで、化粧品事業へ原材料の安定供給を行うとともに、医療分野への展開も図りたいと思います。その一環として、国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構と、人工飼料飼育による産業化へ向けての養蚕の研究や新たな遺伝子技術により開発された機能性カイコの試験飼育などに取り組んでいます」

 今後のシルクの可能性について西さんは次のように語る。

 「シルクは、コラーゲンなどこれまで再生医療材料として研究され使用されてきた素材と比べ、人の肌への馴染みやすさに加え強度の点から、バイオ医薬品や化粧品への活用が期待できます。また遺伝子組み換え技術などを使い、新たな機能性素材の開発など様々な産業分野でも注目されています。

 農水省では、2016年から5年計画で『蚕業(さんぎょう)革命による新産業創出プロジェクト』といういわば国家プロジェクトをスタートさせています。シルクは本当に可能性のある素材で、ワクチンを作ることもできます。先日、九州大学発の医薬品等開発ベンチャーであるKAICO(本社:福岡県)と、経口ワクチン生産利用を目的とした蚕の蛹(さなぎ)の供給に関する提携をすることを発表しました。今後、弊社は奄美養蚕の蛹を全量KAICOに供給し、それらは経口ワクチン等の生産に利用されます。これからも、産官学連携なども行いながら研究開発に取り組み、シルクの可能性を追求し、その成果を活かした商品を通じて日本だけでなく世界のお客様に「美しさ」「健康」をお届けしたいと思います」

 シルクロードの最東端と言われている奄美大島は「絹の島」とも言われていたそうだ。

 かつて基幹産業として日本を支えていた絹が、時代を経て「蚕業革命」を起こし、新たな素材、産業、市場を創出し、再びシルクロードをたどって世界に広がる日が来るかどうか。西さんの挑戦は続く。

  
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