インドのジャイシャンカル外相は、6月中旬にケニアで開催されたインド・ケニア合同委員会の第3回会合の共同議長を務めた。インドは、ケニアをアフリカ大陸へのゲートウェイとして、また、8万人のインド系住民の居住地として、更に、インド洋に面した戦略的な位置にある国としてケニアとの関係を重視している。会合で両国は、開発パートナーシップ、医療提供、インド洋地域の海洋安全保障の確保など、二国間、地域的及びグローバルな諸問題について協議した。
こうした動きは、インドがアフリカ開発のパートナーとして戦略的に取り組もうとしていることを示しており、アフリカにおける中国を含む大国間の影響力争いの注目すべき新たな要素と考えられる。
また、これは、2019年5月の第2次モディ政権発足の際に、外務次官であったジャイシャンカルを外務大臣に抜擢し、それまでの国際秩序のいわばバランサーとしての消極的な役割に甘んじていたインド外交を、優先順位を明確にしてより能動的な外交に転換したことの延長線上にあると言える。
歴史的には、インドは、独立後、冷戦期には第三世界のリーダーとして、また、ソ連との緊密な関係を維持して中国に対抗し、あるいは米国を牽制するような役割も果たしてきた。この時期にはアフリカの独立運動や人種差別反対運動を強力に支援したことが、インド外交の資産となるはずであるが、冷戦後は、市場経済への傾斜と外交が脱イデオロギー化し、周辺国との関係以外には、あまり積極的な外交を展開して来たとは言えない。
インドのシンクタンクThe Observer Research FoundationのパントとミシュラはForeign Policy誌電子版の6月17日付け論説‘Is India the New China in Africa?’において、「中国とインドは、別個に二国間・地域間のアプローチを試みているが、競争の要素があることは明らかだ」と指摘する。
論説によれば、中印の違いの一つは、中国が巨大な経済力を製造能力の開発や天然資源の採掘に投入しているのに対し、インドは人材開発、情報技術、教育、医療などの得意分野に注力していることである。中国企業は、主に中国人労働者を雇用し、アフリカ人従業員にほとんど研修や技能開発の機会を提供していないと非難されることが多い。そうした一部のインフラ・プロジェクトは、経済的に成り立たない虚栄心を満たすだけのプロジェクトになってしまう危険性がある。
論説は、これに対し、中国とは異なりインドのアフリカにおけるプロジェクトは、コミュニティの参加と開発を促進することを目的とし、また、インド企業はアフリカの人材をより多く活用している、という。更に、アフリカにおいては民主主義に対する国民の支持には高いものがあり、インドは、中国とは異なるモデルとして自らを投影することで、その強みを発揮している由である。論説は、インドには言語や文化の親和性と近さという利点があり(アフリカではまだ英語が圧倒的に普及)、アフリカに300万人以上いるインド人ディアスポラは、地域間のギャップを埋めるための重要な戦略的資産である、とも指摘する。
中国の台頭により、インドが受け身の外交から自らグローバルな役割を果たしていく方向にシフトしていること、特に、インドのアフリカ開発支援政策をインド太平洋戦略の一環として位置付けることは、中国に対する牽制として重要な意味があろう。開発援助の原則や理念を無視する中国の自国の利益優先の援助政策とは異なり、包摂性や人間中心、人材育成の重視など先進国の開発理念やSDGsとも共通する重点分野や手法を主張していることは高く評価できる。採算性を軽視する潤沢な中国マネーにとって代わることはできないとしても、インドがアフリカ側からは次第に信頼されるパートナーとしての地位を築き、途上国でありながら民主主義を重視する開発モデルを提示していくことが期待される。
アフリカ連合が発足50周年を記念して2013年に次の50年間に達成すべき目標を掲げた「アジェンダ2063」においても、貧困撲滅のみならず、民主主義や正義の改善、文化的アイデンティの強化やジェンダー平等などの視点も盛り込まれており、アフリカ側の理想にも合致する。もっとも、具体的な案件となると、広域インフラや全アフリカ・デジタル・データネットワーク等の資金的裏付けがなく実現可能性の低いプロジェクト・リストが作成されている。
ともあれ、インドの手法には、日本のODAの理念とも共通するものがあり、アフリカを対象とした援助協調なども検討してはどうであろうか。
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