足立倫行のプレミアムエッセイ

2021年7月10日

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夜間の生物観察は予想以上

 次の日の午後9時すぎ、今度は北部の海沿いの林のナイトツアーに個人で参加した。

 「いやぁ、夜間の生物観察って予想以上ですね。こんなに短時間でいろいろ見られるなんて、思ってもいませんでした」

 私が言うと、40代のガイドが答えた。

 「多くの生物は夜行性ですからね。日帰りのバスツアーで来る人は、希少生物の横を何もわからないまま素通りですよ」

 開始早々、ガイドは車から片腕を出し、懐中電灯で木立ちを照らしながら走り始めた。

 するとすぐに、電線に止まっていたリュウキュウコノハズクと、大木に群れてぶら下がっていたヤエヤマオオコウモリを発見した。

 「コノバズクは、雄がコホッコホッ、雌がミャウミャウと鳴くので声でもわかります」

 ベテランのガイドは動体視力も優れていた。街灯もまばらな夜の道路をそれなりの速度で走りながら、ほんの一瞬の異変(私には到底知覚できない動物の動き)を察知して、即座に車を停車させる。

 こうして、道路上を歩いていたオオヤドカリや天然記念物のキシノウエトカゲを見つけた。灰褐色の背に暗褐色の斑紋が並ぶ、頭が極端に三角形のサキシマハブも、今回は無理かと思っていたが難なく道路脇でご対面。

 下車して林道に入って行くと、緑色の光を点滅させて陸生ホタルのオオシママドボタルが飛び交っていた。目の高さの枝の上にサキシマキノボリトカゲが横たわり、見上げる葉陰にシロオビアゲハやイシカゲチョウが休んでいるというファンタジックな光景。

 昼間なら、余程の幸運に恵まれなければ出会えない生き物が回り灯籠のように次から次へと目の前に立ち現れる(もちろん、優秀なガイドがすぐそばにいればこそだが)。

 やがて海岸近くの樹林帯に達した。

 「ここら辺、ハブは大丈夫ですか?」

 「ええ。私のすぐ後ろをついてくれば大丈夫ですよ」

 おっかなびっくり懐中電灯につき従った。

 「いましたよ、ここに」

 西表島でマーニと呼ぶクロツグの幹である。

 そこに体調20センチを越すヤシガニ、大型の甲殻類が抱きついていた。全身が紫褐色で、両方のハサミが非常に太い。人間の指くらいなら簡単にチョン切ってしまうというが、全身に野生の力強さが溢れていた。

 「自然の生息環境の中で見ると、美しいですね」

 「かつてはアダンの林など、島内どこにでもいたんですが、今は海辺の開発などで生息域が減り、島でも見たことない人が大勢いますよ」

 「へぇ、そうなると、ヤシガニもイリオモテヤマネコ並みになるのでは?」

 「そうかもしれないですね(笑)」

 南北に細長い日本列島には実に多様な生物がいる。

 流氷打ち寄せる冬の北海道では、ゴマフアザラシやクリオネ、シマフクロウを見たことがあるが、西表島ではヤエヤマヒルギやミナミトビハゼ、カンムリワシを見ることができる。

 学名ニッポニア・ニッポンのトキが絶滅した日本でこの生物多様性がいつまで続くかわからないけれど、生きている限りは、同じ国土で同じ時間を共有している生き物に少しでも多く出会い、自分の生命を全体の生態系の中で再確認したいと思う。

 今回の、日本最南端部の世界自然遺産登録を契機に、そんなことを感じた。

  
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