熟練者の動きを3Dで再現
溶接の教育で活用されるVR
だからといってVRの技術を否定するのは早計だ。足元ではVRが真価を発揮する分野は広がりつつあるからだ。
「VRを使うからこそできるトレーニングや技能継承がある」と話すのは、VRソフトの開発を行うイマクリエイト(東京都港区)の山本彰洋代表取締役CEOだ。同社は昨年、溶接技術の技能継承が長年の課題であった神鋼エンジニアリング&メンテナンス(神鋼EN&M、兵庫県神戸市)と「ナップ溶接トレーニング」を共同開発した。
神鋼EN&Mで研修計画を統括する大野純一係長は「これまでの溶接の教育は、熟練者が研修生にお手本を見せることが中心だった。しかし、溶接時は火花が明るすぎて熟練者の手元が見えず、体が邪魔で溶接部も目視できない。重要なポイントを伝えることができていなかった」と振り返る。
だが、「ナップ溶接トレーニング」を導入することで、バーチャル空間上では溶接時の強い光を消し手元がはっきり見える状態で訓練ができる。研修生は3Dで再現された熟練者のお手本を真似ることで、正しい動きや感覚的な技能を習得することも可能になったのだ。大野氏は「研修生の動きを記録し、後から指導することもできる。現実の訓練ではできなかった機能が実装され、質の高い教育が可能になった」と話す。
「消火活動では『火』に意識が向きがちだが、落下物や隣接する建物への延焼など、危険要因は多い。現場での動き方や目線の配り方は場数を踏まなければ習得が難しい」
こう話すのは横浜市消防局消防訓練センターの渡邉孝課長補佐だ。火災発生件数は火災予防技術の発達により年々減少しており、若手の消防隊員が現場で経験を積む機会が減っている。ベテラン隊員の技能継承を課題とする同局では20年から東京大学、東京理科大学、理経(東京都新宿区)との共同研究を開始し、「VR消防教育訓練シュミレーションシステム」を開発中だ。
このシステムでは、火災を模擬した状況をバーチャル空間上で再現し消火訓練を実施する。HMDを着用した訓練生は、3Dで再現されたベテラン隊員の消火時の動きや目線を、同じ空間上で客観的に見ることができる。また、消火時の自身の動きが記録できるので後から視覚的に振り返ることも可能だ。さらに、視線の動きをXYZの座標軸で測定し数値化するので、ベテラン隊員との差異を定量的に比較することもできる。
22年度に導入予定の同システムについて渡邉氏は「実際の消火活動でこの訓練の経験値を生かすことができる。将来的には同じ課題を抱える全国の消防機関にも普及させたい」と意気込む。