VRの活用は金融業界にも広がっている。三井住友海上火災保険は今年7月、テックカンパニーのSynamon(東京都品川区)と協業し、VRを活用した家屋損害調査研修を開始した。同研修では、バーチャル空間にアバターとして参加した受講生が、実寸サイズで精巧に作られたメジャーやカメラなどのバーチャルアイテムを用い、地震被害家屋の外観や室内の損傷度合いを測定するなど、損害算定調査の疑似体験ができる。
これまでは地震や台風などの広域災害が発生した際は、その規模に応じて全国から必要な保険調査要員を確保し、座学による集合研修と現場での訓練(OJT)を実施しなければならず、機動性に課題があった。
損害サポート業務部の栗山義規ナレッジチーム長はこの研修の効果について、「座学の研修ではできなかった『演習』がVRを使用すればできる。いつでも、遠隔で研修が可能となり、有事に派遣する調査員を平時から養成できるようになった。『災害発生時に、お客さまに迅速丁寧に保険金をお届けする』という保険会社の使命を果たす上で大きな意義を持つ」と話す。
不動産業界でもリアルな空間にバーチャル技術を取り入れることで、現実世界では体験できない付加価値を提供しようとする取り組みが進んでいる。
「駅までの距離や周辺環境といった物理的な要件が、不動産や街の価値を決めていた時代が変わりつつある。デジタル環境が普及したからこそ、これからはその場所でしか体験できない〝コミュニティー〟そのものが価値を持つ時代だ」。こう話すのは、森ビルの新領域事業部新領域企画部の杉山央課長だ。
同社は今年7月、NTTドコモと協業し、自社が管理・運営する複合型商業施設で、AR技術を活用した新たな都市空間を創出するための実証実験を行った。スマートフォンやタブレットを通して館内を眺めることで、消費者の嗜好に応じた広告やセールの情報、トイレの空き状況や最寄り駅の時刻表などを、バーチャルな物体として表示させる検証だ。今回検証した技術については、同社で進行中の今後のプロジェクトでの本格実装を目指している。
見直されたリアルの価値
VRを〝新たな武器〟へ
コロナ禍で物理的な移動や空間の共有が制限される中、VRは不便になったわれわれの日常生活を豊かにする新たな選択肢となった。観光需要に限らず、ショッピングやオフィス環境など、従来リアルが当たり前だと思われていた人間の営みをバーチャル空間で代替することができるようになった。
しかし、VRの技術は決してこれらを代替するだけにとどまらない。さまざまな社会課題を解決する〝有効なツール〟にもなり得るものだ。
日本のVR研究の第一人者である東京大学廣瀬通孝名誉教授は「VRは本物を真似ることから始まった技術だが、ただ真似るだけであれば、本物にはかなわない。VRを持続的に活用していくためには、バーチャルだからこそ生きる分野を徹底的に考えなければいけない」と強調する。
同じ時間に、同じ場所で、同じ感覚や感動を共有する──。大切な人とのこうした営みは、人間が人間らしく生きていくために不可欠な要素だ。新型コロナはその重要性を改めて気づかせてくれたといえる。リアルの価値が見直された今だからこそ、われわれはVRに〝リアルの代わり〟を求めるばかりではなく、進化するVRの「真価」を見極め、社会を豊かにする新たな〝武器〟として活用していくべきだ。いつまでもコロナに振り回されるだけでなく、危機を好機に変えることができるのか。われわれ人間の「真価」もまた、問われているのだ。