2024年12月23日(月)

Wedge REPORT

2021年9月28日

「ようこそお越しいただきました! バスまでご案内いたします」

 JR京都駅八条口改札前で、満面の笑みを浮かべるバスガイドが、画面の向こう側から、学生の到着を歓迎する。いよいよ始まる修学旅行に胸を高鳴らせる学生は「教室」でその瞬間を迎えた。

「旅行会社として、せめてその世界観だけでも味わってもらえる場を提供したかった」

 そう語るのは、JTB企画開発プロデュースセンターの平尾篤之営業開発プロデューサーだ。新型コロナウイルス感染拡大の影響により、多くの学校で修学旅行の中止や延期が相次ぐ中、同社では昨年6月から2Dの映像とVR(仮想現実)技術を組み合わせた「バーチャル修学旅行360」の開発に動き、10月からは「京都・奈良編」の提供を開始した。奈良・東大寺の大仏の掌の上でジャンプする様子を、本人視点の360度映像で体感できるなど、通常の旅行ではできない〝VRならでは〟の体験が楽しめる。

 平尾氏は「修学旅行の代替案を提供でき、学生の思い出作りに貢献できた」と手応えを語る一方、「コロナ収束後を見据え、今後はこのプログラムを事前学習素材へとシフトさせていきたい」と意気込む。

 異業種からの参入もある。AI自動翻訳を開発するメタリアル(東京都新宿区)は昨年8月、バーチャル海外旅行事業を開発・販売する子会社「Travel DX」を設立。同社が提供する「VR Trip」では、約40カ国、226のツアーについて、1年間でのべ1000人を対象に無料モニター体験を実施した。フィンランドのサンタクロース村を巡るツアーでは参加者から「現地を旅行しているような感覚を味わえた」という声があがったという。五石順一代表取締役CEOは「将来的にガイドなしのツアーでは月額3000円のサブスクリプション方式を採用する予定だ」と抱負を語る。

VRの応用領域は広がるが、その先にどんな未来があるのか (JIJI)

 VRとは、CGで作られた仮想世界にいるかのような感覚を、ヘッドマウントディスプレイ(HMD)などを着用することで体験できる技術だ。IT調査会社IDC Japanの調査では、世界のVR・AR(拡張現実)の関連サービスの総支出額は、20年は6870億円だったが、25年には約8.7兆円になると予測する。同社の井辺将史マーケットアナリストは「VR技術は日々進化しつつあり、現在は『需要がどこにあるのか』を開拓している段階だ」と話す。

 観光需要をはじめ、コロナ禍を追い風に急成長の様相を見せるVR市場──。JTBは今年4月にVR技術を駆使し仮想空間上で観光やショッピングなどを楽しめる「バーチャル・ジャパン・プラットフォーム」事業の開始を発表。5月にはANAホールディングスがバーチャルトラベルプラットフォームを開発・運営する子会社「ANA NEO」の設立を発表するなど、バーチャル空間を活用したサービスへの参入が相次ぐ。

 だが、VR業界に詳しいある関係者は「例えば、エッフェル塔を見に行った道中にふと立ち寄ったカフェで、思いがけない人やモノに出会う。旅行の価値が、そのようなセレンディピティ(偶然の出会い)の積み重ねだとすれば、VR技術の手の届かない領域なのではないか」と指摘する。また、東京大学大学院情報理工学系研究科の雨宮智浩准教授は「VRによって現実にあるものを代替したり再現しただけのサービスは、コロナ収束後は現実に回帰し、引き続き利用しようとはならないのではないか」と分析する。


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