2022年12月8日(木)

オトナの教養 週末の一冊

2021年10月27日

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なぜ2016年が「平成史の画期」なのか?

 「オウム真理教事件や東日本大震災はあくまで国内での出来事。グローバルな視点に立つと、97年と2016年の双方が重要だと思います」

 與那覇さんによれば、97年はグローバル化によってヘッジファンドが暴れ、アジア通貨危機に陥った年。韓国がIMFの管理下に入り、日本でも4大証券の一つ山一證券が廃業した。プラットフォーム企業(GAFA)の台頭前夜の、グローバル化による先の見えない時代の到来である。

 97年はまた、1月に〈新しい歴史教科書をつくる会〉が活動を開始し、5月には〈日本会議〉が結成、その後の日本の右翼化の原点となった年でもあった。

 そして2016年は、世界史的には「反知性主義の1年」と言える。

 日本では7月の参院選で自民党が大勝、第2次安倍政権は政治を昭和の延長線上に戻す方策を模索するなか、アメリカでは大方の予想を裏切ってトランプ大統領が誕生、イギリスでもまさかのブレグジット(EUからの英国離脱)が国民投票によって決まった。

 既存のエリート中心のリベラル体制に対する反発が、先進国でも国民大衆の広範な支持を集める風潮に変わってきたのだ。

 ところで與那覇さんは、2014年から約3年、双極性障害による闘病生活を送ったことで知られている(精神科医・斉藤環氏との共著『心を病んだらいけないの?』2020年・新潮選書、で小林秀雄賞受賞)。

 平成時代の心の病気は、平成史を書き上げる上でどのような影響を与えたのだろうか?

 「私の病気は躁うつ病とも言い、軽躁状態とうつ状態を繰り返すのですが、この症状が時代を見る時のヒントにもなりました。うつの時は過去に拘束されるわけです。昔の活躍ないし失敗に縛られ、重すぎて元気が出ない。日本の場合、歴史問題がそうです。小泉政権も第二次安倍政権も、靖国参拝をせざるを得ず、いつまでも棘が抜けない。躁になるのは、うつから抜け出したいからで、“過去の自分はイケてなかった、輝くのは今からだ!”とハイテンションになります。小泉純一郎氏が2001年に“自民党をぶっ壊す”と言って登場した時がそれですね。短命政権にうんざりしていた国民は、躁状態になり大拍手を送った」

 「2人の父の死」で基軸モデルを失ってから、政権交代、市場自由化、街頭デモ、新テクノロジーと「変革の夢」が挫折した平成は、躁うつ病のように極端から極端へと情動的反応に揺れ続けた時期でもあったのだ。

 本書はまた、『新世紀エヴァンゲリオン』(95年)や一連のスタジオジブリ作品など、サブカルチャーを積極的に取り上げ、歴史的意味を考察している。

 「アニメ作品の中では、こうの史代原作で片淵須直監督『この世界の片隅に』(2016年)を“もっとも成功した歴史映画”と高く評価していますね。なぜでしょうか?」

 「これは絵の好きな女性主人公が原爆投下前後の日々を生き抜く物語ですが、突出した人物はおらず、みんな庶民でみんな苦労する。でも全編がゆったりと進行するなかで、全員が、過去に押しつぶされもせず、かといって逃げることもなく、過去を引き受ける。キーワードは代理です。兵士が戦場に代理で行くから自分たちは銃後で生きられる。愛娘の戦時中の死は、戦後に孤児を代理で育てることで徐々に癒やされてゆく。目の前の現実のみではない、代理人の論理が、バラバラになりがちな人と人との間を結び、次の世代へとつなぐ。平成は歴史喪失の時代と言ってきましたが、歴史が今後残って行くとしたらこうした形ではないかと思いました」

 本書はあくまで、元歴史学者(現評論家)の與那覇さんが探究、整理した平成史である。

 けれど、書棚に並べておいて、何度も参照したくなること間違いない。

  
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