2023年1月31日(火)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2013年1月15日

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城山英巳 (しろやま・ひでみ)

北海道大学大学院メディア・コミュニケーション研究院 教授

慶應義塾大学文学部卒業後、時事通信社に入社。計10年の北京特派員を経て2020年から現職。ボーン・上田記念国際記者賞受賞。早稲田大学大学院社会科学研究科博士後期課程修了、博士(社会科学)。著書に『天安門ファイル』(中央公論新社)、『マオとミカド』(白水社)など多数。

 中国メディア関係者はこう語る。「他紙なら報じられることも、南方週末と南方都市報には報じることを許さない。南方2紙への圧力を、他紙への見せしめにしていた」。12年7月、北京を襲った豪雨で77人が犠牲になったが、南方都市報は詳しく報じようしたところ、宣伝部から記事を差し止められた。

「編集部に怒り充満、反発招く」 

 新年特別号の紙面は1月1日午前3時に完成した。しかしその後、黄編集長と伍小峰副編集長は宣伝部幹部に呼び出され、さらに修正するよう求められた。伍は宣伝部幹部にこう苦言を呈した。

 「半年以上も続く事前審査のため、編集部には怒りが溜まっている。敏感でないテーマも書き換えさせれば、反発を引き起こします」。しかし宣伝部幹部は聞き入れず、改ざんはさらに進んだ。

 「中国の夢、憲政の夢」だった新年向け文章に対して黄編集長は「『憲政』を多く取り上げ過ぎ」と不満だったとされる。評論部主任に修正を指示し、見出しは「夢は生命を光り輝かせる」に変わり、「憲政」記述は圧縮された。さらに見出しは「夢とは当然かなうべき約束」になった。

 結局、休日だった1月2日、黄、伍の2人は誰も出社していない編集室で計6面にわたり書き換えた。新年向け文章の見出しは最終的に「いかなる時よりも夢に近づいている」となり、憲政や自由などの言葉は消え、習近平総書記の主張を持ち上げた。

 これを聞いた一線の記者は怒り、南方週末の記者・編集者OB51人は、「1月2日、記者が休暇で完全に知らない状況下」に庹震が改ざんを指示したとして庹の引責辞任を求める異例の公開書簡を発表し、ミニブログ「微博」で転送される事態になった。その後、真偽には議論があるが、南方週末編集部も「不完全な統計だが、2012年の南方週末編集部は1034編の原稿について書き換えさせられたり、ボツになったりした」と暴露した。

共産党大会控え「雑音禁止」

 一線の記者に対する宣伝部の圧力は、2011年7月に浙江省温州で起こった高速鉄道事故の後に強まり、12年11月に開かれた第18回共産党大会に近づくにつれ、さらに引き締められた。

 南方週末の編集者は党大会を前にこう漏らした。「実際に中宣部(共産党中央宣伝部)から報道するな、と言われる事件は多い。毎日言って来る。ファクスでも来たりする」。例えば、南方週末のお膝元・広東省の烏坎村で11年~12年にかけて起こった大規模抗議運動と村民直接選挙の問題は「宣伝部から報道もいけないし、取材に行ってもいけない」と指示された。

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