狙いは世論と日米の「分断」
どんな情報が流布するか?
他方、台湾有事の議論において見落とされがちなのが、中国が日本に対して展開すると考えられるディスインフォメーション・キャンペーンの「具体的な」脅威である。
2014年、ロシアがクリミア併合の際にサイバー攻撃や電子攻撃、ディスインフォメーション・キャンペーンを仕掛けたことはよく知られているが、台湾をめぐっても、中国がディスインフォメーション・キャンペーンを展開することが十分に予想され、警戒する必要がある。
現代の戦闘領域は、武力衝突が生起する物理的空間から認知領域などの無形空間に拡大している。政治的介入や情報操作、プロパガンダなどが敵対国の世論を分断し、敵国政府の政策決定に重要な影響を与えうる。ディスインフォメーションなどの人々の認識に影響を及ぼす外国からの工作活動では、特定の「分断」を煽りやすい概念が活用され、それに対して感情的な人々や集団がターゲットとなる場合があるともいわれる。
ここでロシアがウクライナとの関係で展開してきているディスインフォメーション・キャンペーンについて改めて見ていくこととしたい。
14年、ロシアがクリミアに介入した際にロシア政府が発信した情報は、「政治的にはウクライナ国民だが、民族的にはロシア人と同じだ」というものだった。さらにロシア政府は、クリミアへの介入に際しさまざまな情報戦を展開した。「キエフでの政変の黒幕は米国だ」「ウクライナの親西欧派住民はナチス支持者やファシストの末裔だ」「ロシア政府は関与しておらず現地住民による運動である」といった情報を流し、人々の認識形成において影響力を発揮した。
同年2月には、クリミアの親ロシア派住民を扇動し、自治政府を解散に追い込み、住民運動を生起させ、住民投票を強行し、わずか3週間のうちにクリミアを併合したのである。
今日、ロシアは再びウクライナとの国境に10万人近い部隊を展開し、ウクライナに侵攻するのではないかと危惧されている。そこでプーチン大統領が強調しているのが「ウクライナとロシアは一つの民族だ」という点である。
ロシアはウクライナの北大西洋条約機構(NATO)加盟に反対する立場を鮮明にしているが、そこで強調する「一つの民族」とは、9世紀に遡る歴史である。ロシアは、両国が中世国家「キエフ大公国」を起源とする「一つの民族」であり、歴史や言語、宗教的に結びついた共同体だというのだ。
これを台湾有事に当てはめると、中国はさまざまな情報戦を展開する可能性がある。基本的な戦略は、日本を米国から少しでも切り離さんとするものであり、「在日米軍基地と米国の軍事行動が日本を戦争に巻き込む」と訴えることで、日本国民の軍事アレルギーを刺激し、戦争や駐留米軍に対する批判的なデモを扇動する可能性も考えられよう。
また、歴史的観点でいえば、中国からは、もともと沖縄は琉球という独立国家であり、清朝に従属していたなどという指摘が聞こえてくる。17年1月付の公安調査庁の報告書では、「琉球帰属未定論」に関心を持つ中国の大学やシンクタンクが「琉球独立」を標榜する日本の団体関係者と交流を進めていると指摘されている。
今後、台湾をめぐり中国が一段とこうした動きを強め、米軍基地が集中する沖縄の人々に働きかけ、日米の防衛力を低下させるよう揺さぶりをかけてくることにも警戒する必要があろう。
世論の分断は、一瞬のうちに大きな対立や批判の応酬を広めるだけでなく、社会をも分断する危険を孕む重大な問題である。日本国民の厭戦(えんせん)機運を高め、日本の台湾有事への介入を阻止するため、「先島諸島および九州や本州の一部が中国との激しい戦場になる」「米中の戦争が始まり、日本が米国に加担すれば、当然、日本に対する全面攻撃が行われる」といった国民に危害が及ぶとする情報や、「日本でも徴兵制が実施される可能性がある」といった日本政府に対する国民の不信や不満を煽るような情報が流布される可能性もあろう。