2024年11月22日(金)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2022年3月15日

 生物兵器開発についてはもっと強烈だ。3月8日、中国きっての戦狼外交官として知られる、中国外交部の趙立堅報道官は定例記者会見でこの問題に触れ、「米国はウクライナに26の生物実験室を保有している」「全世界では336の生物実験室を管轄している」「米国内のフォート・デトリック(米軍関連研究施設がある場所)では生物兵器に関する軍事活動を大量に行っている」「米国の狙いはなにか? 何を行っているのか? 国際社会は一貫して疑念を抱いてきたが、米国は答えようとはせず、国際社会の疑念をフェイクニュースとまで言ってのけている」と吼えてみせた。

 ウクライナで米軍が生物兵器を作っているとまでは言い切っていないものの、ソーシャルメディアや井戸端会議の話題になっているころには、より強烈な形に拡大されていることだろう。

中国で話題になり始めた「加速主義」

 筆者は十数年以上にわたり、中国のネット世論と検閲について取材執筆を続けてきたが、世論コントロール能力が近年、飛躍的に成長していると感じる。冒頭で取りあげたサッカーのような周縁的トピックにはまだほころびはあるものの、主要な話題については中国共産党の発するメッセージが大衆によく届いている。

 しかも、「米国の陰謀だ」「ウクライナは生物兵器を……」と話している中国の人々は、大半が政府による世論誘導で自分たちの考えが操作されているとは感じていないだろう。人民日報やCCTV(中国中央電視台)など国有メディアのメッセージを直接浴びせられる時代から、その他のメディアやソーシャルメディア、あるいは知人友人の口コミを通じて間接的に世論を誘導する時代へと、中国共産党はネット検閲の技法を大幅にアップグレードし、成功している。

 ただ、こうした世論誘導はあまりにもやりすぎているのではないか。慎重を期すあまり、むしろ中国共産党の支配にマイナスの影響を与えるのではないか。ここ数年、中国共産党を揺るがす「加速主義」が話題となっている。

 加速主義とは、資本主義を徹底して拡大させることによって、その矛盾の臨界点により早く到達させ、資本主義から脱却させることができるという政治思想を指す。

 「中国版の加速主義」とは、中国共産党による独裁やネット検閲を含めた治安統制を加速させることによって、その臨界点の到来が早まるのではないかという考えだ。2019年の香港デモでも、武闘派には中国共産党が強圧的な手段で香港を統治すれば、短期的には香港を支配できても長期的にみれば共産党の矛盾を露呈させるという意味で、加速主義を唱える者もいたという。

 この中国版加速主義から見て、独裁体制強化にいそしむ習近平総書記は加速主義の貢献者であり、「改革開放の総設計師」と呼ばれた鄧小平にならって、「総加速師」なるあだ名までつけられている。

 この中国版加速主義はツイッターやフェイスブックなど、中国政府の手の及ばない海外ソーシャルメディアで主に使われる言葉でしかなく、ほとんどの中国人は見たこともないだろう。それでも中国当局は検閲ワードに指定するなど警戒を強めている。

 中国版加速主義が想定するような臨界点が果たして到来することがあるのか、現在はその予兆は感じられない。ただ、世論操作一つをとってみても、「やりすぎ」を感じることは間違いない。

 
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