2022年10月1日(土)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2022年4月7日

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樋泉克夫 (ひずみ・かつお)

愛知県立大学名誉教授

中央大学法学部、香港中文大学新亜研究所、中央大学大学院博士後期課程を経て外務省専門調査員として在タイ日本国大使館勤務。著書に『華僑コネクション』『京劇と中国人』『華僑烈々―大中華圏を動かす覇者たち―』(以上、新潮社刊)など。

[著書]

 新型コロナの大量感染のニュースが海外に報じられ、海外メディアが武漢市当局の対応に強い関心を示し始めてから程ない20年2月13日、習政権は人事異動を断行し、湖北省共産党委員会書記に上海市長の応勇を、湖北省の下位に位置する武漢市党委員会書記には山東省済南市委員会書記の王忠林を送り込んだ。

 応勇は習国家主席の側近として知られ、同国家主席の浙江省在勤時には部下として同省公安・司法部門を担当し、17年に上海市長に栄転している。上海市長から湖北省党委員会書記への異動に際し、習政権から応勇に対し、「王忠林と連携して武漢市の新型コロナ感染終息に全力を傾注せよ」との厳命が下されていたと考えてもあながち的外れではないだろう。

 習政権としては湖北省と武漢市を側近で固め、上意下達の強力ラインで習国家主席(中央政府)=応省党委員会書記(省政府)=林市党委員会書記(市政府)を緊密に結び、都市封鎖を含むあらゆる手段を講じて新型コロナ感染を断固として封じ込める。感染拡大を押さえ、経済活動を再開させ、海外からの疑念を晴らすことを狙ったに違いない。

 大規模隔離施設の緊急建設などにみられるように、大量の政策資源を投入した都市封鎖を軸とする必死の中国式ゼロ・コロナ政策の効果が現われ始めたからだろう。3月に入ると、習国家主席による武漢市視察と封鎖解禁の噂が伝えられるようになった。

 そのような状況にあった20年3月6日、武漢市で感染防止関連担当者会議を主宰した林市党委書記は「感恩教育」の4文字を示し、「(習近平)総書記に感謝し、共産党に感謝し、党の話を聴き、党に従って進む」ことを市民に徹底することを求める一方、「民衆の中に入り、民衆を宣伝(きょういく)し、民衆を動かし、民衆に依拠し、共に感染防止工作に万全を期せ」と関係部署幹部にハッパを掛けた。「習国家主席、武漢視察近し」のシグナルである。

 はたせるかな4日後の3月10日、習国家主席が視察のために厳戒態勢の武漢市を訪れる。迎える市民が文化大革命時代を彷彿とさせる「総書記に感謝し、共産党に感謝し、党の話を聴き、党に従って進」もうとする動きを見せたかどうかは不明だ。だが、この視察が新型コロナ感染封じ込め成功を内外に向けて大々的にアピールする機会となったことは確かだろう。中国式ゼロ・コロナ政策は成功したのだ。

「コロナ外交」の好機も得る

 当時、世界各地で猖獗(しょうけつ)を極めた新型コロナは、当然のように東南アジア諸国をも容赦なく襲った。

 東南アジア諸国連合(ASEAN)各国を見るに、もちろん感染状況や政府の対応、さらには国民の姿勢に違いはあったものの、各国政府は同じように内政の重点を新型コロナ対策に移さざるを得なかった。だが共通して抱えていた問題は脆弱な医療インフラであり、貧弱な財政状況であり、低迷する経済活動であった。

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