2024年4月27日(土)

冷泉彰彦の「ニッポンよ、大志を抱け」

2022年4月11日

 この点に関しては、2015年にトランプ氏が当時はまだ「真剣な大統領候補ではない」と思われつつも、旋風を巻き起こしていた際の発言を思い返すと、今でも戦慄を覚える。トランプ氏は、日本と韓国が駐留米軍の費用を100%払っていないと批判し、「払わないなら撤退する。その場合は核武装を認めてやろう」と述べたのである。

 そして、この暴言をトランプは大統領になっても撤回しなかった。当時の安倍晋三政権が、この問題が具体的な要求となる前に、さまざまな手を使って回避したのは正解であった。

 20年の選挙でトランプが下野し、民主党のバイデン政権になったことで、この危険性は一旦は去ったかのように見える。だが、日本としては気を緩めてはいけない。というのは「米国は世界の警察官から降りるべき」だとか「同盟国の防衛に金を使うより、環境や格差に予算を」という声は、民主党の左派にもあるからだ。

 しかしながら、日本の安全保障は在日米軍のプレゼンスを前提に成り立っている。この全体構図が急変するようでは、国家の存立が揺らいでしまう。勿論、米中のライバル関係や、台湾海峡の問題がある以上は、当面は大きな変化を米国も望まないであろう。だが、この状況に「あぐらをかいて」いては、目に見えない危険を抱えたまま進むことになる。

直視すべき2つの問題

 そこで、日米関係を安定させるために2つの問題を提起してみたい。

 1つは、他でもない在日米軍駐留軍の費用負担である。トランプ氏は非公式ながら100%負担せよと主張し続けた。これは日本としては呑めない話だ。在日米軍のプレゼンスは、狭い意味でも台湾海峡と北朝鮮危機における米国の国益に資する部分がかなりの割合を占めている。

 また歴史的には、東南アジアの戦争における米国の拠点であったこともあるし、現在でも西太平洋における米国の行動の拠点である。その意味で、駐留費の果たして何%を日本が負担するのが妥当なのかは、もっと透明性とともに開示されて良いと思われる。日本国内で費用負担への正当な理解を得ることと同時に、2度とトランプ氏のような暴言を許さないためにも、この透明性というのは重要だ。

 その名称も問題である。「思いやり予算」というネーミングは、絶望的に醜悪である。納税者に対して「本音としてはイヤイヤ負担することになるが、こっちが偉いので、恵んでやる式の持ち上げ方をすれば文句が減るだろう」というニュアンスがあり、実に惨めな発想と思う。一方で米国には「思いやり」などという言葉を使えば怒られるので使っていないが、国務省や国防総省などの知日派で日本語のできる官僚などからは、「唾棄すべき形容」だと言われている。

 この形容は、今でも報道機関などは使用しており、政府も米国大使館も抗議していないところを見ると、政権にも、大使館筋にも日本の納税者の「目くらまし」としてダラダラ続ける意思があるようだ。だが、こうした小手先の方法というのは、日本の品位を貶め、長期的には日米関係を危うくする。この辺で再考するタイミングではないだろうか。

 2点目は沖縄の問題で、具体的には普天間移転と地位協定の問題だ。まず普天間移転に関しては、普天間基地の周辺の宅地開発が進み、このままでは危険が無視できないということから「仮に深刻な事故が起きたら在沖米軍の存在が根本から揺らぐ」という危機感から移転が決定したものだ。

 だが、その原点はどこかへ行ってしまい、移転先の辺野古での基地建設への反対が盛んになって代替基地構想が停滞し、依然として普天間の運用が続いている。普天間移転の基本合意からは、何と26年の年月が流れてしまった。こうした信義違反を繰り返すことは、日米関係を揺るがせ、抑止力の確保に重大な障害を生む。


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