2024年11月22日(金)

デジタル時代の経営・安全保障学

2022年4月16日

細身になった経済安全保障推進法案

 このような経済安全保障の動きを受けて、自民党内では20年6月4日、当時の岸田文雄政務調査会長直轄の「新国際秩序創造戦略本部」(座長:甘利明衆議院議員)が設立された。同戦略本部は、20年12月22日「『経済安全保障戦略』策定に向けて」と題する提言を発表している。

 同提言は、後に経済安全保障担当大臣となった小林鷹之衆議院議員が中心となってとりまとめたもので、経済安全保障を「我が国の独立と生存及び繁栄を経済面から確保すること」と定義し、経済安全保障確保の基本的考え方として「戦略的自律性と戦略的不可欠性」という概念を初めて提示した。

 経済的安全保障を実現するために、幅広い分野での包括的・網羅的な対応が必要であると指摘し、①資源・エネルギーの確保、②海洋開発、③食料安全保障強化、④金融インフラの整備、⑤通信インフラの整備、⑥宇宙開発、⑦サイバーセキュリティの強化、⑧サプライチェーンの多元化・強靱化、⑨データ利活用の推進、⑩技術優越確保・維持、⑪イノベーションの向上、⑫土地取引、⑬大規模感染症対策、⑭インフラ輸出、⑮国際ルール形成への関与、⑯経済インテリジェンス能力強化、の16分野について具体的な対応が必要であると指摘した。

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 この自民党の提言を受けて、内閣官房に「経済安全保障法制に関する有識者会議」が21年11月26日に設置された。有識者会議は、計4回の全体会合と計8回の分科会会合の討議を終え、22年2月1日に「経済安全保障法制に関する提言」を発表している。提言では、①サプライチェーンの強靭化、②基幹インフラ機能の安全性・信頼性の確保、③官民技術協力、④特許出現の非公開化、の4分野について政策対応や立法措置の枠組みの方向性が示された。

 自民党の「新国際秩序創造戦略本部」の提言が上記のように16分野の対応を提唱したのに対して、政府の有識者会議の提言は、4分野と大幅に縮小されており、自民党の提言からは大幅に細身になった。また、現在の「経済安全保障推進法案」の4分野は、ほぼ経済産業省所管事項と一致しており、他省庁にまたがる案件は取り入れられていない。

 政府内でどのような駆け引きがなされ、この4分野に絞られたのかは定かで無いが、この間、経済安全保障を推進してきた当事者達を巡る様々な問題が浮上したことを考えれば、経済安全保障推進法案の成立過程が一筋縄では行かなかったであろう事は、想像に難くない。

訪れている国際政治の構造変化

 19年以降、日本で経済安全保障の議論が急速に進展した背景には、国際政治の大きな構造変化がある。経済安全保障推進法案が持つ意味を正しく理解するためには、その構造変化の中で、経済安全保障の位置づけを理解することが必要である。

 第二次世界大戦後の約80年間の国際政治を振り返ると、国際政治の大きなシステムの中で、経済を重視するか安全保障を重視するかで、約40年周期のサイクルがあったことが分かる。

 1946年から89年(ソ連崩壊の91年とすることもある)までの約40年間の「冷戦」では、ソ連を中心とする社会主義陣営と米国を中心とする民主主義・自由経済陣営の生存をかけた、「体制間競争」が行われた。この時代は、経済よりも安全保障の論理が優先された時代であり、東芝ココム事件(東芝機械が対共産圏輸出統制委員会で輸出が禁止されている工作機械をソ連に輸出した事件)によって、報復措置として東芝グループの全製品が米国で輸入禁止となったことを、記憶している人も多いであろう。

 89年の冷戦終結から2019年頃までの30年間は、国際政治の大きな緊張は落ち着き、安全保障の論理よりも経済の論理が優先され、ヒト・モノ・カネが国境を越えて活発に動くグローバリゼーションの時代であった。

 しかし、中国の台頭によって、国際政治が再び体制間競争に向かうというシナリオが意識され始めている。18年10月、米国のペンス副大統領(当時)は、ハドソン研究所で演説を行い、米国は中国との長期戦を覚悟すべきである述べ、中国への関与政策の転換を示唆した。米メディアは、ペンス演説を、米中間で新たな冷戦が始まると報道した。


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