半導体受託生産(ファウンドリ)の世界最大手、台湾積体電路製造(TSMC)が熊本で工場建設を検討──。
6月から7月にかけて日本経済新聞をはじめとして、このニュースが日本国内を駆け巡った。最先端半導体を製造するTSMCがなぜ、わざわざ日本に工場を新設するのか──。実は、この動きを背後で主導するのは、日本の経済産業省だとされる。
時を同じくして、経産省は「半導体・デジタル産業戦略」(以下、経産省報告書)を公表した。この中で「半導体世界市場の拡大にもかかわらず、過去30年間で日本の存在感は低下」と、日本企業の凋落に強い危機感を露わにしている。1990年代初頭には、世界の半導体市場5兆円のうち50%を日本企業が占めていたが、現在50兆円にまで成長した市場の中で10%ほどに落ち込んでいる。
90年代、半導体のメインストリームがメモリ(記録)からロジック(マイクロプロセッサ〈MPU〉など演算処理を行う半導体)に変わる動きに乗り遅れ、設計・製造を垂直統合で行うことから、ファブレス(設計)・ファウンドリ(製造)という水平分業型に移行することにも失敗した。
さらにそれまで世界一を走ってきた日本の家電メーカーもデジタル化の進行によって競争力を失った。結果として、国内にいた半導体の顧客すらも失うことになった。これらが日本の半導体が衰退する原因となった。
世界では今後10年で、自動運転、5Gの普及などにより、半導体市場は100兆円規模にまで成長するとされる。しかし、「このままでは、日本だけ取り残され、日本の半導体産業のシェアは大きく落ち込み、ほぼゼロになってしまうとの懸念もある」(経産省報告書)としている。日本の半導体市場が2030年に現在と同等のシェア(10兆円)を維持するためには5兆円の追加投資が必要だ。
足元では半導体不足が続いていることによってトヨタをはじめとして国内自動車メーカー各社は減産を余儀なくされている。この影響は来年まで続きそうだ。ただし、今回の政府による目論見はこうした短期的な問題の対処ではなく、中長期を見据えた、まさに日本の産業の生き残りを懸けたビジョン作りである一方、かつてないほどの危機感の表れなのだ。
TSMCによる熊本での新工場建設に話を戻そう。ここでは最先端ではないものの、線幅28ナノ(10億分の1。半導体は電子回路の線幅を細かくするほど性能が向上する)、16ナノの半導体製造が検討されているとみられる。供給先としては、自動車のマイコン(エンジンの駆動や、レーンキープ、クルーズ機能など、自動車には数百に上る半導体が使用される)、ソニーのCMOSセンサー(光を電気信号に変える半導体、スマホのカメラなどに使用される)、そしてキオクシアのNAND型フラッシュメモリ(データの消去と書き換えができるメモリ)が考えられる。