電子機器受託製造(EMS)大手の台湾・鴻海科技集団(以下、ホンハイ)が発表した電気自動車(EV)生産のオープンプラットフォーム「MIH」。そこで、自動運転用ソフトウェアの提供を担うのは日本のベンチャー、ティアフォーだ。ティアフォーは2018年に国際業界団体「The Autoware Foundation(以下、AWF)」を立ち上げ、オープンソースの自動運転用ソフトウェアの開発を主導する。MIHはEV生産をどう変えるのか。そして、既存の自動車メーカーに与える影響は何か。ティアフォー創業者である東京大学大学院情報理工学系研究科の加藤真平准教授に聞いた。
編集部(以下、── )MIHとはどのようなプラットフォームか。
加藤 EV生産のためのハードウェアを中心としたオープンなプラットフォームだ。ホンハイの劉揚偉・董事長が旗を振り、半導体設計大手の英アーム、米アマゾンのクラウドサービスの子会社であるアマゾン・ウェブ・サービス(AWS)なども主要メンバーとして名を連ねる。7月には独立の国際業界団体となり、EV生産にかかわるどの企業でも参加・利用することができるようになる。
── なぜEV生産なのか。
加藤 これからのモビリティ産業はソフトウェア・デファインド(Software-Defined)になる。これは、システム全体をソフトウェアで定義し、ソフトウェア次第でハードウェアの振る舞いを変えられることを意味する。ガラケーとスマホの最大の違いもソフトウェア・デファインドかどうかだ。EVは少ないECU(電子制御装置)で制御できるため、ソフトウェアで定義しやすい。
── なぜMIHのようなプラットフォームが必要なのか。
加藤 EVと内燃機関車では作り方がまったく違い、別物として考えたほうが良い。つまり、既存の内燃機関車のビジネスを抱えたままの小さな自動車メーカーが、単体でEVを開発・生産することはほぼ不可能だ。一方、MIHを使えば、誰でもEVに必要なハードウェアやソフトウェアが手に入り、自らのブランドで生産・販売できる。
── なぜ「オープン」なのか。
加藤 EVが普及していくためには価格を下げることが必要だ。一方で、内燃機関車かEVかを問わず、これまでクルマ業界は垂直統合型の戦略をとってきた。例えば、米テスラはソフトウェア・デファインドでEVを作っているが、テスラのEVはテスラ自身しかハードウェアもソフトウェアも更新できない。そうではなく、EVの一つひとつの部品やソフトウェアがオープンなプラットフォームに集い、競争が起きることによって、低価格化や、高品質化、納期の短縮などを促せる。
── ホンハイはなぜMIH設立を主導したのか。
加藤 MIHにおいて、EVの製造を担うのはホンハイになり、スマホと同じように大量に製造することによって利益を得ることができる。現に、ホンハイは、2月に米新興EVメーカーのフィスカーと提携、同社向けのEVを量産、供給することに合意した。
何よりホンハイは、スマホ製造ではホンハイ、半導体では台湾積体電路製造(TSMC)に製造のノウハウが移っていったのと同じことを、EV生産でも起こそうとしている。設計書はもともと上流のメーカーしか持たないが、いずれはそれがホンハイにも蓄積されていくからだ。今、MIHと組もうとしているEVメーカーは、そうした未来を見越したうえで、初めから関与しようとしているのだろう。
── ホンハイは米アップルの「アップルカー」の製造を担うとも噂される。
加藤 水面下で話はしているだろう。テスラの生産台数が増えていけば、その製造を担う可能性もある。
── なぜMIHの自動運転用ソフトウェアをAWFが提供するのか。
加藤 劉揚偉・董事長とは1年以上前から話をしていた。アームとティアフォーがMIHとAWFの両方の主要メンバーであったことも影響し、MIHを立ち上げる際に、AWFの提供する自動運転用ソフトウェア「Autoware(オートウェア)」の将来性に共感して声がかかった。
── AWFにとってのメリットは。
加藤 オープンなプラットフォームとして、さまざまなプレーヤーにMIHの利用を促していくことは、われわれがAWFでやっていることに良く似ている。Autowareもオープンソースのソフトウェアであり、誰でもダウンロードして使うことができる。ちなみにAutowareの所有権をAWFに譲ることで、ティアフォー単体で急にその第三者利用を止めることはできないことも安心感につながっている。
このような「オープン戦略」を用いて利用を広げ、共同開発者を増やしていくことで、自動運転用ソフトウェア開発において先行する米グーグル系のウェイモやEV大手のテスラなどのテックジャイアントにも立ち向かうことができる。
── ティアフォーにとっての意味は。
加藤 オープンソースとはいえ、Autowareを各地域や各社のニーズにあわせた形で使ったり、自動運転の安全性を保証したりするニーズは必ず出てくる。Autowareを用いた自動運転車のFMS(Fleet Management System:運行管理システム)も、もちろんティアフォーは開発している。実際、ビジネスに用いる際にオープンソースのソフトウェアをそのまま自力で用いることのできるプレーヤーはそうはいない。ティアフォーはそうした人々を支援するメリットを得られる。
── MIHは既存の自動車メーカーにとって脅威となるのか。
加藤 自動車メーカーは現在、普及価格帯のEVは作れておらず、それには当たらない。一方で、EVを普及していく上で、MIHにはまだ足りないことも多い。例えば、既存の自動車メーカーの持つ販売・整備網や、完成したEVをテストする方法、部品のロジスティクスの構築などだ。これらは既存の自動車メーカーがMIHにおいて提供することができる部分だ。
── オープン戦略が広がっていく世界で日本企業にできることは。
加藤 日本企業がオープン戦略に好意的かどうかにかかわらず、MIHのようなモノづくりのオープン化は進む。実は、これは日本企業にとって「好機」だと思っている。オープン化すると競争が加速し、価格が高いもの、品質が低いもの、納期が遅いものは売れなくなる。少人数で、効率的に品質を担保して商品を提供するのは、日本企業の得意とするところだ。世界中でエンジニアが奪い合いになっている中、日本企業の大きな強みになりうる。
そのため、日本企業は積極的にオープン戦略で起きる「競争」に挑んでいくと良い。そして、クルマの製造といったコア技術を持つ企業は、自らが普及させたい技術やサービスのオープン戦略の中心となり、さまざまなプレーヤーと共に、その標準化を勝ち取っていく発想も必要だ。
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