Wedge REPORT

2021年6月23日

»著者プロフィール
著者
閉じる

石 弘之 ( いし・ひろゆき)

ジャーナリスト

1940年東京都生まれ。東京大学卒業後、朝日新聞入社。ニューヨーク特派員、編集委員などを経て退社。国連環境計画上級顧問を経て、96年より東京大学大学院教授、ザンビア特命全権大使などを歴任。主な著書に『砂戦争』(角川新書)など多数。

シンガポール南部の埋立島から望む高層ビルのスカイライン(REUTERS/AFLO)

 半世紀前に、「水」を資源と考える人はほとんどいなかった。蛇口をひねれば出てくるものであり、文字通り「湯水のように……」使うことができた。ところが、1960年代に入って首都圏は雨がほとんど降らない干天つづきで、64年には最大50%減まで水道の給水が制限された。この年は前回の東京オリンピックが開かれた年で、大渇水のなかで開催できるのか、不安のなかで開会式にこぎ着けた。このころから「水資源」という言葉が定着した。

無尽蔵に思えた砂
その枯渇が世界的に深刻

 世界を見渡すと、いたるところで水をめぐる紛争が起きている。米国のシンクタンクによると、2000年以降、「水資源」をめぐる国際紛争は357件に上る。たとえば、メコン川やナイル川などでダム建設をめぐって上流と下流の国の対立がつづき、シリア内戦では政府軍と反体制勢力が水源をめぐって激闘を繰り返した。身近な資源である水産物や森林をめぐっても、深刻な国際間の対立が表面化している。

 意外なことに、ありふれたはずの「砂」が、資源危機の二の舞になりつつある。これらの資源は、いずれも再生可能な資源である。国連は「SDGs(持続可能な開発目標)」を掲げているのに、これらの資源は「持続不可能」なまでに濫用されている。

 高いところから街を眺めてほしい。コンクリートのビルが地表を覆っているだろう。コンクリートは、セメントに砂と水を混ぜたものだ。ということは、ビルの約6~7割は砂でできていることになる。私は『砂戦争』(角川新書)という著作を出版して以来、ビルを見ると砂の塊に見えて仕方がない。

 砂はどこからきたのだろうか。上流で岩盤がはがれて川に落ちたり、川底や岸の岩が削られたりして川で運ばれ、途中で砕かれて次第に細かくなり下流や河口で沈殿したのが砂である。海岸に溜まれば砂浜になる。日本は急峻な山地が多く、しかも網の目のように河川が走るので砂の運搬量もハンパではない。

 上流から運ばれてくる量の砂を採掘している分には「持続可能な資源」だが、補充される以上に採掘すれば減っていく。水資源と同様に無尽蔵に思えた砂だが、その枯渇が世界的に深刻になってきている。都市の膨張とともに、ビル建設、道路舗装、公共建造物などのために過剰に採掘されているからだ。

 戦後復興、高度経済成長、そしてあいつぐ大災害からの復興で、日本の砂の消費量は飛躍的に増えてきた。高度経済成長期にはじまった臨海工業地帯の造成でも、埋め立てのために膨大な量の砂が海に投入された。自然海岸は消えていき、海水浴場や潮干狩り場は次々に閉鎖に追い込まれた。

 砂は砕石などとともに「骨材」とよばれる。骨材はその名の通り、コンクリートの骨格となる建設資材で、砂の最大の用途だ。その供給は89年度からの8年間で最高になり、ピークとなった90年度には約9億4900万㌧に達した。その後は建設件数が減ったこともあって、ピーク時の4割ほどに減った。

関連記事

新着記事

»もっと見る