Inside Russia

2013年3月10日

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 「ツィスカリーゼは劇場の腫れ物だ。この人物は自分をスターダムに押し上げた劇場のことをネガティブに捉え、全世界にばらまいている。劇場の雰囲気を阻害している」

 2月上旬、何回かの緊急手術を終え、順調に回復したフィーリンは黒いサングラスで両目をかばいながら、メディアのインタビューに応じるようになった。医者の懸命の努力にも、視力は戻らなかった。現役時代のハンサムな顔立ちからすっかりと変わり果てた姿をさらけ出したフィーリンは、自らへの攻撃を「戦争」とまで表現した。

 「汚らわしい陰謀や情報漏洩と対決しなくてはいけない。まるで誰かがわれわれを追い出したがっているかのようだ」

 襲撃事件後も、ボリショイでは公演が続けられていた。ダンサーたちはiPadで練習や公演の様子を録画し、フィーリンの病室にその映像を送り届けた。

 「私は自分の容姿がどうみられようと気にしない。私の目で教え子たちを見ることはできなかったけれども、この映像で聞こえる何千人もの観衆の拍手で、彼らが見える。病院まで届いた喝采に私は満足している」

 そして、2月上旬、モスクワの病院を退院する際にあたって、記者会見を開いたフィーリンはこう断言し、次なる治療先のドイツへと飛びだった。

 「私の心は今回の事件の犯人が誰かを知っている」

懸命の捜査により浮かびあがった通話記録

 ボリショイ芸術監督襲撃のニュースは世界中に伝えられた。

 プーチン政権の閣僚たちも事件解決に向けたコメントを度々、繰り返し、モスクワ警察当局には、犯罪捜査のエキスパートたちが集められた。捜査員たちはフィーリンやツィスカリーゼへの聴取、そして、遺留品の分析や目撃者の証言を集めるなど着々と捜査を進めた。そして犯人に結びつく有力な証拠が浮かび上がった。

 それは、現場で犯人が行ったとみられる通話記録だった。犯行直後、現場近くにいた人物が、モスクワ郊外のある家屋に電話をかけていたことがわかった。

 事件から1カ月半後の3月5日朝、モスクワ郊外で1人の男が拘束された。まもなく、ドミトリチェンコの家の捜索が始まった。ロシアメディアは準トップダンサーのドミトリチェンコの名に衝撃を受け、やはり身内が関与していたことを把握した。

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