そして、その日夜、警察当局の発表。3人が拘束されたことが明るみになり、酸をかけた実行犯役の男ユーリー・ザルツキー、現場まで送り届けた運転手役の男アンドレイ・レパトフ、そして、犯行を指示したドミトリチェンコという構図が大々的に報道された。
3人は警察署の中で撮影されたカメラの前で、事件の関与を自供した。
再び、7日のモスクワ中心部の裁判所での公判。裁判長に問われたドミトリチェンコは次々に犯行の実態を自供した。その説明には、責任逃れのような言葉も含まれていた。
「ザルツキーから、フィーリンを殴らせろと提案を受けたんだ。僕は、そのことを了承した。ザルツキー自身が犯行日を選んだ。フィーリンが劇場を去る時間を知らせろと言われたから、それを教えた。でも、実際に起ったことを把握したとき、ショックを受けた。フィーリンを殴ると提案した人物が、彼に硫酸を振りかけるなんて信じられなかった」
ドミトリチェンコは取り返しのつかないザルツキーへの提案に、5万ルーブル(15万円)の報酬を払ったことを赤裸々に語った。
裁判長から「フィーリンに許しを請おうと思わないか?」と問われた。
格子の部屋で、彼はぶっきらぼうに吐き捨てた。
「何のために?」
気むずかしい男、数日前に「主犯を知っている」
メディアはドミトリチェンコの人となりを書き立てた。そのボリュームはあらゆるニュースを凌駕した。ボリショイ劇場のイクサノフ総支配人をはじめ、広報担当は公式のコメントを避けたが、メディアにはバレエ団や劇場の多くの関係者の言葉が踊った。
「ドミトリチェンコは、気性の激しい気むずかしい男だった。かっとなって時に爆発することもあった」
「数日前に、彼は仲間に『おれは事件の主犯を知っている』と言い始めた。以来、仲間たちは彼を避けていた」