韓国と北朝鮮のいずれに対しても、庇を貸して母屋を乗っ取られるかのような感情を抱いていることが分かるだろう。韓国で革新政権が過去の保守政権の大統領(全斗煥、盧泰愚、李明博、朴槿恵)を逮捕し続けた背景には、上述のルサンチマンがあると指摘したい。また、韓国にとって救国の英雄であるはずのマッカーサー元帥の銅像撤去運動(2005年)が起こったり、歴代の革新政権が北朝鮮に対してなぜだか上から目線の対応を崩したりしないのも、すべては建国秘話のルサンチマンに帰結すると言っても過言ではないだろう。
さらに言えば、韓国人の複合的な心理を理解するために「地政心理」という概念を提唱した政治経済学者のロー・ダニエル氏は、韓国人の社会観について、「朝鮮半島の民衆は、政治的権威に代表される既得権を否定するのが正義への近道であるという経験則を得た」として、韓国建国以降に「革命、クーデター、市民蜂起などの変説点が形成された」と論じている。
これまでの話を要約すると、そもそも韓国には建国秘史にあるとおり共産主義や社会主義が受け入れらやすい土壌がある中で、持たざる者が持てる者を否定する社会的特性が輪をかけたため、さまざまな政治的・社会的混乱が引き起こされたということになる。
新旧大統領の演説から見える韓国の未来
ひるがえって、尹錫悦政権はどのような舵取りを強いられるだろうか。その答えが、5月9日と10日に行われた新旧大統領の離任・就任演説にある。
文在寅大統領の離任演説の結言は「国民の心を一つに集めることが何よりも重要です。選挙の過程でさらに深まった葛藤の溝を埋めて国民統合の道に進むとき、大韓民国は真の成功の道にさらに力強く進むでしょう」であった。一方でこの国内問題について、尹錫悦大統領は就任演説で「韓国は行き過ぎた二極化と社会対立が自由と民主主義を脅かすだけではなく社会発展の足枷となっている」と主張した。
新旧大統領の表現こそ異なるが、韓国には国民を分け隔てる大きな溝があるということが分かる。そして、新旧大統領は国内問題の理想的な解決策も提示している。
文在寅大統領は「私たち国民は最も平和的で文化的なろうそく集会を通じて(中略)政権を交代し、民主主義を再び立ち上げました」とし、尹錫悦大統領は「この問題は急速な経済成長を実現しなければ解決できない」とした。
いかがだろうか。文在寅前大統領の解決策は統一戦線による大衆運動、尹錫悦大統領のそれは経済成長であり、それそれの主張は社会主義的手段と資本主義的手段と非常に分かりやすく対立している。つまりは、これまで述べてきた建国秘史に端を発する保守と革新の対立がそのまま演説に表れているといえる。
韓国では大統領こそ保守派の尹錫悦氏に代わったものの、敗れた李在明との得票差は0.73ポイントと薄氷を踏む様相だった。また、国会では革新系野党「共に民主党」が議席の約57%を占め、尹錫悦氏を支持する保守系与党「国民の力」は37%を占めるに過ぎない「与小野大」となっており、この状況が2024年4月まで続く。
それはつまり、尹錫悦大統領は27年までの任期半ばまで、野党の反対にあえば公約を何一つ実現できないことを意味する。この悪夢は政権出帆直後の国務総理指名に表れており、尹大統領が指名した国務総理候補が野党の反発のため47日間も任命できないなど早くも迷走している(筆者注:野党民主党は5月21日、国会本会議前に議員総会を開いて国務総理任命同意案に賛成することを決定。賛成多数により韓悳洙(ハン・ドクス)氏の任命同意案が可決、韓氏が国務総理に任命された)。
政治の世界では、国内問題から目を逸らすために外交問題に目を向けさせるのは常套手段。李明博氏が竹島に大統領として初めて足を踏み入れ、天皇陛下の謝罪を求め、朴槿恵氏が告げ口外交を推進し、中国人民抗日戦争勝利70周年記念式典に主賓クラスとして出席したように、韓国の保守系大統領はこと対日政策にかけては豹変する。
尹錫悦大統領がどのような対日政策をとるのか、韓国は結局なにも変わらないのか、しばらく様子見する必要があるだろう。