2024年4月19日(金)

ベテラン経済記者の眼

2013年3月26日

 働く人にとって、賃上げは確かに喜ばしいことではあり、日本経済全体にとっても歓迎すべきことだろう。しかし筆者がどこか違和感をぬぐえないのは、今回、異例の形で政治が関与して企業に報酬の増額を求め、賃上げを主導したところにある。安倍首相にとって、夏の参院選対策を意識しているのは間違いない。一部企業の発表文などをみても、「政府に言われたからやりました」という雰囲気がありありだ。

 しかし、賃上げを決めるのは本来企業自身の判断であり、これこそが経営判断だ。政権の目指す趣旨に賛同し、報酬を引き上げるのはよいが、それをパフォーマンスのような感じで喧伝するような姿勢はいかがなものかと筆者は個人的には思う。

 本来は企業努力の結果であるはずだが、「政治に言われたからやりました」という雰囲気が過度に醸成されると、賃上げを「政権の手柄」を手放しで認めてしまう危険にもつながりかねない。本来、労使交渉に政府が口を出すものではないだろう。今はまだ景気が回復する期待感があふれているから良いのかもしれないが、いつ経済が反転し、厳しい時期が訪れるかどうかもわからない。そうした時に政府に「賃上げして欲しい」と言われてもハイハイと応じられる企業は少ないだろう。そういう時に「厳しいからできません」と釈明しに官邸を詣でるのであろうか。

 「アベノミクス」は現在はまだ期待先行の段階であり、経済は本格的には回復してはいない。中堅・中小企業にまで賃上げの動きがゆきわたってゆくかどうかは予断を許さない。流通業界がいち早く報酬引き上げを発表し、個人消費の拡大に向けたムードを盛り上げる先陣を切ったのは評価できなくもないが、仮にこれが一過性のものであれば宣伝的な意味合いしか持たなくなる。いまは歓迎ムードに流されず、着実に従業員の給料を引き上げ、非正規雇用対策に政府とともに真剣に取り組むという企業の本気度と、そのために業績をしっかり上げてゆくという経営者の覚悟が求められる春なのである。 

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