オバマ氏のスピーチには、「パブリック・ナラティブ」という技法が使われていたと言われる。日本語にすると「公人の物語」となり、ある課題に対して、政治家が周りを抱き込んで社会課題を解決したいときに用いられる。筆者はこのパブリック・ナラティブをアリストテレスらの修辞学の現代版だと位置付けている。
このパブリック・ナラティブには、①「私のストーリー(Story of Self)」、②「私たちのストーリー(Story of Us)」、③「行動のストーリー(Story of Now)」という3つのステップがある。
「私のストーリー」では、なぜ自分が行動を起こしたのか、発信者自身の課題などを話すことで、聞き手の共感を呼ぶ。次に「私たちのストーリー」では、それが発信者だけの課題ではなく、聞き手と共有できるものであることを伝えて一体感を生み出す。そして最後に、「今」行動を起こさなければならないと「行動のストーリー」を伝える。この3つの要素が組み合わされた人々の心を動かすストーリーがパブリック・ナラティブ(公人の物語)である。
オバマ氏は大統領選挙にあたって、パブリック・ナラティブの専門家であるマーシャル・ガンツ氏を選挙参謀とし、彼にアドバイスをもらいながら各地で演説を行ったと言われている。すなわち、前述の要素をうまく取り入れながら、人々を説得して共感を得て、見事当選することができたのである(パブリック・ナラティブの詳細は、コミュニティ・オーガナイジング・ジャパンのHPを参照)。
私たちができる選挙における「対話」とは
以上が、政治家に求められる対話力とその具体的な要点である。投票所に赴き一票を投じる国民の視点からすれば、政治家の考えや意見のみならず、その政治家がこのような対話力や説得力を有しているか否かという点も判断基準として考慮することが重要である。
まずは、政治家(政党)がどのようなことを課題としているのか、それに対する解決法(政策)をどのように展開しているのかについて、各政治家(政党)のホームページや、SNS等の発信で知る必要がある。
これは人と人の直接の「対話」ではない。しかし、政治家から発信される情報は、私たちに向けた文字による対話であり、時には質問箱のようなものに質問を投げてみても良いだろう。こうした意識や行動は、有権者として私たち国民ができる、責任ある投票先決定に向けた対応ではないだろうか。
選挙は民主主義の根幹である。だからこそ、私たちは通り一遍の判断で投票先を決めるのではなく、自分なりの明確な判断基準を持ち、政治家や政党としっかりと対話をした上で投票先を決定することが求められている。
鎌田華乃子『コミュニティ・オーガナイジング ほしい未来をみんなで創る5つのステップ』(英治出版、2020年)
田村次朗=隅田浩司『リーダーシップを鍛える「対話学」のすゝめ』(東京書籍、2021年)