2022年9月26日(月)

冷泉彰彦の「ニッポンよ、大志を抱け」

2022年7月2日

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冷泉彰彦 (れいぜい・あきひこ)

作家・ジャーナリスト

ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。近著に『「反米」日本の正体』(文春新書)など。メールマガジンJMM、Newsweek日本版公式ブログ連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

 第3は、十分な知的情報の提供である。日本への観光旅行を計画する層は、前に述べたように高所得層である。ということは同時に強い知的好奇心を抱いていると考えて良い。日本で考えれば、海外に旅行して免税店やブランドショップに入り浸るとか、カジノで豪遊するといったタイプではなく、フィレンツェにメディチ家の歴史を訪ねたり、スイスで夏の音楽祭を楽しむ、あるいはナパバレーでワイナリー巡りをするといった種類の人々だ。

 以前、東京の中央卸売市場が築地にあった時代に、マグロの「競り」が見たいと殺到した外国人に対して「迷惑」だとか「観光公害」だなどという批判が出たことがあった。対応として論外である。そこに情報や経験のニーズがあるのは間違いないのだから、本物の競りではなくて良いので、観光客向けの「魚と食文化」の体験施設を設けて、思い切り情報を与え「もてなし」をすべきだった。

 体験施設といえば、ここ数年、日本のウィスキーは世界で爆発的な評価を受けている。従って、インバウンド観光客が全国の蒸溜所に殺到するという事態は、容易に予測がつく。ウィスキーというのは、原酒を熟成することから短期間で生産を増やすことは難しい。

 けれども、高い関心を抱いて訪れる観光客の期待に応える施設づくりというのは、喫緊の課題であると思う。公的支援も含めて、「まだ間に合う」このタイミングで、何か手を打っていただければと思う。

日本文化への深い理解と提供を

 一方で、神社仏閣についても以前の築地と同様の問題がある。伊勢神宮などは「おかげ横丁」で外国人排斥の声があったので、その後インバウンド向けの「ブラックリスト」に入ってしまい、外国人観光客には不人気だった。これも対応としては論外だ。

 神道とは何か、中国の道教や原始的なアニミズムとはどこが違うのか、国家神道は本来の神道からどう逸脱していたのか、そうした「日本という文明の根幹」について、これからはインバウンド観光客の知的好奇心を満足させ、より「コアな日本のファン」にするような情報提供の体制を用意すべきだ。

 以前は、神道や神仏習合について説明する際に、一神教への劣等感を口にするような日本人がいたが、これも論外である。日本文化を卑下しているからダメなだけではない。何よりも、インバウンドの観光客は、21世紀の現代に一神教のドグマや硬直性に疑問を感じているので、わざわざ異教の宗教施設に知的関心を抱いているのだ。その期待に応えるだけの、知的で深い理解を提供すべきだからだ。

 例えばであるが、全国の禅寺は、インバウンド向けの坐禅体験コースを整備すべきだ。その際には、仏教の歴史と禅の奥義について丁寧な説明をすれば喜ばれるであろう。勿論、相応の、いや相当なお布施を取っていいだろう。

 いずれにしても、今後、日本に殺到するインバウンド旅行客は、コロナ禍以前より、更に高い好奇心と期待感を持って日本と日本文化を経験したい、そんな層であると考えられる。冒頭申し上げたように、同時に、彼らは想像を超えた購買力と消費意欲を持って来日すると思うが、そのエネルギーを日本経済の再生に生かせるかどうかは、提供してゆくサービスの本気度にかかっている。関連する業界の皆さまは、その経済効果に期待すると同時に、気を引き締め、十分な体制を整えつつ受け入れを進めていただきたいと思う。

  
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